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新宿区大久保地域
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皆中稲荷神社
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皆中稲荷神社
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〒169-0073 東京都新宿区百人町1丁目11‐8
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〒169-0073 東京都新宿区百人町1丁目6‐3 素霊記念館
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〒169-0073 東京都新宿区百人町1丁目6‐3 素霊記念館
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西大久保公園
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西大久保公園
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新宿イーストサイドスクエア
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天台寺門宗大聖院
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紅皿の墓
紅皿の墓
紅皿の墓
紅皿の墓

新宿区指定史跡

紅 皿 の 墓

所 在 地 新宿区新宿六丁目二十一番十一号

指定年月日 平成十八年八月四日

太田道灌の山吹の里伝説に登場する少女・紅皿の墓と伝承される中世の板碑(1基)、燈籠(2基)、水鉢(1基)、花立(2基)から構成される。

板碑は区内で唯一のものとなる中世の十三仏板碑である。また、板碑の前には12代守田勘弥や歌舞伎関係者により石燈籠等が立てられ、その存在が広く知られるようになった。

伝説では、太田道灌が高田の里(現在の面影橋のあたりとされる)へ鷹狩に来てにわか雨にあい、近くの農家に雨具を借りようと立ち寄った。

その家の少女・紅皿は、庭の山吹の一枝を差し出し、『御拾遺集』の中にある「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき」の歌にかけて、雨具(蓑)のないことを伝えた。後にこれを知った太田道灌は歌の教養に励み、紅皿を城に招いて歌の友とした。

道灌の死後、紅皿は尼となって大久保に庵を建て、死後その地に葬られたという。

紅皿の墓とされる伝承が江戸時代中頃成立、展開し、幕末維新期を経て広まっていく様子を知ることができ、伝承、文献も含めた史跡として位置づけられ貴重である。

出典:新宿区教育委員会

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抜弁天北公園
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戸山公園
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抜弁天北公園
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〒169-0072 東京都新宿区大久保2丁目1 大久保通り
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大久保地域センター(ゴール)
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