数寄屋橋公園(スタート)→島崎藤村・北村透谷記念碑→銀座の柳(2世)→石川啄木歌碑→銀座の柳(4世)→豊岩稲荷神社→銀座柳の碑→芝口御門跡の碑→手水鉢(遺跡)→間知石と切り石(遺跡)→森田座跡→ぐんまちゃん家(アンテナショップ=お買い物)→歌舞伎座→銀座シックス→路線価値 32年連続1位地点(中央区銀座5丁目(鳩居堂前))→真珠記念碑→日本最初の電気灯柱の碑→全国の商業地の最高地価地点(中央区銀座2丁目(明治屋銀座ビル))→銀座の柳由来碑→アンテナショップ 広島県→アンテナショップ 山形県→アンテナショップ 沖縄県→交通会館(ゴール)

10月 北総いきいきウオーク
銀座界隈ゆっくり散策
約5km

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数寄屋橋公園(スタート)
数寄屋橋公園(スタート)
数寄屋橋公園(スタート)
数寄屋橋公園(スタート)
数寄屋橋公園(スタート)
数寄屋橋公園(スタート)
〒104-0061 東京都中央区銀座5丁目1
〒104-0061 東京都中央区銀座5丁目1
銀座の柳(2世)
銀座の柳(2世)

銀座の柳由来

銀座の柳は明治二十年ごろ銀座通りに植えられて以来大正九年撤去昭和六年復活の変転を経ながら数多くの詩歌にうたわれ人々に親しまれてきた銀座のシンボルとなった柳も樹勢の衰えもあって昭和四十三年歩道の大改修に当たり移植の止むなきに至った。

いまふたたびこの通り一帯に柳を迎えて「銀座柳通り」と名づけるに際し永く銀座の柳の由来を伝えるため碑を建立する。

出典:銀座通聯合会

〒104-0061 東京都中央区銀座5丁目1‐10
〒104-0061 東京都中央区銀座5丁目1‐10
銀座西5丁目交差点
銀座西5丁目交差点
〒104-0061 東京都中央区銀座5丁目5‐13.
〒104-0061 東京都中央区銀座5丁目5‐13.
難破橋
難破橋
難破橋
難破橋
難破橋
難破橋
金春屋敷跡
金春屋敷跡
金 春 屋 敷 跡
金 春 屋 敷 跡

金 春 屋 敷 跡

所在地 中央区銀座八-六~八地域

江戸時代、幕府直属の能役者として知行・配当米・扶持を与えられていた家柄に、金春(こんぱる)・観世(かんぜ)・宝生(ほうしょう)・金剛(こんごう)の四家がありました。

能楽は室町時代に足利幕府の保護奨励を受けて発達し、安土桃山時代には熱心な愛好者であった豊臣秀吉の保護を受け大いに興隆しました。

とくに、金春家は秀吉の強力な保護を受け、能楽の筆頭として召しかかえられました。江戸幕府も秀吉の方針を踏襲して能楽を保護し、金春・観世・宝生・金剛の四座を幕府の儀礼に深く関わる式楽と定めました。

元禄六年(一六九三)頃の江戸市中の状況を記した「国花万葉記」によると、金春大夫は山王町(現在の銀座)・観世大夫は弓町(現在の銀座)・宝生大夫は中橋大鋸町(現在の京橋)・金剛大夫は滝山町(現在の銀座)に屋敷を拝領していたとされています。

金春家は、寛永四年(一六二七)に屋敷を拝領したといわれ、寛永九年(一六三二)の江戸図『武州豊嶋郡江戸庄図』には「金春七郎」の名を確認することができ、現在の銀座八丁目六・七・八番地全体を占めていたように図示されています。

後に、この屋敷は麹町善国寺寺谷(千代田区麹町三・四丁目)に移りましたが、跡地には芸者が集り花街として発展していき「金春芸者」といわれるようになりました。金春の名は、「金春湯」・「金春通り」などとして、今もこの地に残っています。

平成十五年三月

出典:中央区教育委員会

豊岩稲荷神社
豊岩稲荷神社

東京・銀座の恋愛パワースポット

「豊岩稲荷神社」はビルの狭間の異空間

東京で女子旅に人気のパワースポットが、銀座の路地裏にある「豊岩稲荷神社(とよいわいなりじんじゃ)」です。特に縁結びに効くといわれ、恋愛成就を願う女子たちが集まります。ビルの狭間の細い路地にまつられた神社は、ちょっと不思議な異空間。銀座七丁目交差点からすぐの立地で、買い物や食事の際に気軽に立ち寄れるパワースポットです。

出典:LINEトラベルjp

銀座7丁目交差点
銀座7丁目交差点
銀座柳の碑
銀座柳の碑

銀 座 柳 の 碑

作詞:西条八十

作曲:中山晋平

植えてうれしい 銀座の柳

江戸の名残りの うすみどり

吹けよ春風 紅傘日傘

今日もくるくる 人通り

銀座柳二世
銀座柳二世
芝口御門跡の碑
芝口御門跡の碑
芝口御門跡の碑
芝口御門跡の碑

芝 口 御 門 跡

所在地 中央区銀座八―八・九・十付近

ここの南方、高速道路の下には、もと汐留川が流れ、中央通り(旧東海道)には、昭和三十九年まで新橋が架かっていました。

宝永七年(一七一〇)、朝鮮の聘使の来朝に備えて、新井白石の建策にもとづきわが国の威光を顕示するため、この新橋の北詰に、現に外桜田門に見られるような城門が建設されて、芝口御門と呼ばれ、新橋は芝口橋と改称されました。

城門は橋の北詰を石垣で囲って枡形とし、橋のたもとの冠木門から枡形に入って右に曲ると、渡櫓があって堅固な門扉が設けられていました。しかしこの芝口御門は建築後十五年目の享保九年(一七二四)正月に焼失して以来、再建されず、石垣も撤去され、芝口橋は新橋の旧称に復しました。

昭和五十二年十月

出典:中央区教育委員会

 

〒104-0061 東京都中央区 昭和通り
〒104-0061 東京都中央区 昭和通り
間知石と切り石(遺跡)
間知石と切り石(遺跡)

間知石

(汐留遺跡)

四角錐の形をした間知石と、板状に加工された切り石は、大名屋敷の石組溝(排水施設)に使われていたものです。

出典:東京都第一建設事務所

〒104-0061 東京都中央区 都道316号線
〒104-0061 東京都中央区 都道316号線
ぐんまちゃん家(アンテナショップ=お買い物)
ぐんまちゃん家(アンテナショップ=お買い物)
三原橋(ぐんまちゃん家二階)
三原橋(ぐんまちゃん家二階)
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座

歌 舞 伎 座

歌舞伎座は、東京都中央区銀座4-12-15にある歌舞伎専用の劇場である。火災や戦災に遭うなど様々な変遷はあったが、今日に至るまで名実ともに代表的な歌舞伎劇場として知られる。

歌舞伎座は1889年に開場した。従来の劇場は地名や座元の名を冠するのが例であり、「歌舞伎座」という名称は異例であった。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
先任の碑(歌舞伎座)
先任の碑(歌舞伎座)

先 人 の 碑

明治22年 (18891121日、この木挽町の地に開場した歌舞伎座 は、以来、大正、昭和、そして平成へと120年を超える歩みを重ねて参りました。

その間、火災、震災そして戦災と幾たびか受難の時を迎えましたが、その都度復興し、歌舞伎を愛する皆様のご支援を得て、平成2542日に、第5期の歌舞伎が新開場致しました。

歌舞伎座の歴史は近代日本の演劇史 でもありますが、そこには明治の創業以来、歌舞伎座の興行に係ってこられたすべての方々の精進と奮闘が刻まれております。

ここに、その先人の偉大なる功績を永遠に讃えるため「先人の碑」を建立いたしました。

 

平成2542

 

松竹株式会社

株式会社歌舞伎座

公益社団法人日本俳優協会

 

「先人の碑」の両脇に配された鬼瓦は、第4期歌舞伎座のものです。

歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
黙阿弥の石燈籠と蹲踞(歌舞伎座)
黙阿弥の石燈籠と蹲踞(歌舞伎座)

黙阿弥の石燈籠と蹲踞(つくばい)

 

歌舞伎作者河竹黙阿弥 (1816-93)は、1887(明治20)年に浅草から本所南二葉長(今の亀沢2丁目)に新築移転し、晩年の6年間を過ごしました。この石燈籠 と蹲踞(手水鉢)はその庭に置かれていた遺愛の2品です。

灯篭は全高2.25メートル。

三月堂型と元興寺型を合わせたごく普通の燈籠ですが、すぐ目につく特徴は、中台の下のいわゆる竿の部分と天辺の宝珠の部分に、斜めに切ったような継ぎ目があることです。

これは1923(大正12)年関東大震災 のとき、激震の為に倒壊して折れた傷跡です。

修復されたこの燈籠は、そののち長女の糸女、その養嗣子の繁俊、その嫡男の登志雄へと受け継がれ、罹災した本所から渋谷、世田谷、逗子へと一家の移住につれて、蹲踞ともどもつねに同行してきました。

この度の第5期歌舞伎座 の新開場を祝すとともに、この年が黙阿弥の歿後120年にあたることもを記念し、縁の深いこの劇場に長く保存公開していただくこととしました。

河竹家4代、ひいては近代歌舞伎側面史の、ささやかな資料ともなればと願っております。

 

2013(平成25)年3月吉日

出典:河竹登志

歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
歌舞伎座
〒104-0061 東京都中央区 都営浅草線 東銀座駅
〒104-0061 東京都中央区 都営浅草線 東銀座駅
〒104-0061 東京都中央区 晴海通り
〒104-0061 東京都中央区 晴海通り
銀座シックス
銀座シックス
銀座シックス
銀座シックス
銀座シックス
銀座シックス
銀座シックス
銀座シックス
銀座四丁目交差点
銀座四丁目交差点
銀座四丁目交差点
銀座四丁目交差点
銀座発祥の地
銀座発祥の地

銀 座 発 祥 の 地

銀座役所跡

慶長十七年(起源二二七二年 西暦一六一二年)徳川幕府此の地に銀貨幣鋳造の銀座役所を設置す

当時町名を新両替町と称せしも通称を銀座町と呼称せられ明治二年遂に銀座を町名とする事に公示さる

昭和三十年四月一日

出典:銀座通聯合会

路線価値 32年連続1位地点(中央区銀座5丁目(鳩居堂前))
路線価値 32年連続1位地点(中央区銀座5丁目(鳩居堂前))

路線価値 32年連続1位地点

国税庁は3日、相続税や贈与税の算定基準となる平成29年分の路線価(11日時点)を公表した。全国約325000地点(標準宅地)の対前年変動率は、全国平均で0.4%のプラスとなり、リーマン・ショック以来、8年ぶりに上昇に転じた昨年に続くプラスとなった。東京都内の最高路線価は、バブル期の影響を受けた4年時点を上回り最高額を更新した。

 

路線価の全国1位は、32年連続で東京都中央区銀座5丁目の文具店「鳩居堂」前の銀座中央通りで4032万円。4年に同地点で記録した全国最高路線価(3650万円)を更新した。

出典:TOKYO HEADLINE

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