クレアパーク(スタート)→小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)→仙波河岸史跡公園→小江戸川越七福神 第二番 天然寺(寿老人)→小江戸川越七福神 第三番 喜多院(大黒天)→小江戸川越七福神 第四番 成田山(恵比寿天)→小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)→小江戸川越七福神 第六番 見立寺(布袋尊)→小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)→クレアパーク(ゴール)

冬空の大寒の下、小江戸川越
(川越七福神、仙波史跡公園、氷川神社)ウオーキング

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クレアパーク(〒350-1122 埼玉県川越市脇田町10−5)
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クレアパーク(〒350-1122 埼玉県川越市脇田町10−5)
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(株)東和銀行 川越支店(〒350-1122 埼玉県川越市脇田町9−13)周辺
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川越モディ(〒350-1122 埼玉県川越市脇田町4−2)周辺
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居酒屋大 川越駅前店(〒350-1122 埼玉県川越市脇田町18−11)周辺
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葉花集(〒350-0046 埼玉県川越市菅原町18−13)周辺
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小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
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小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)

小江戸川越七福神

(みょう)善寺(ぜんじ)(天台宗)菅原町9-6

第一番 毘沙門天(びしゃもんてん)

毘沙門天は仏教の守護神

で、多聞天ともよばれてい

ます。鎧、兜に身を包み、

左手に持つ宝塔から宝物を

授け、右手の鉾で邪を払う

という、物心共々の福を施

す神であります。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        女郎花(おみなえし)

手にとれば袖さへ匂ふ女郎花

この白露に散らまく惜しも

                   山上憶良

オミナエシのオミナは女

で、姿のやさしさを現した

名。根は漢方で敗醤といい

利尿、解毒に用います。

花言葉―美人

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小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
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妙善寺 (川越市)

(みょう)善寺(ぜんじ)は、埼玉県川越市にある天台宗の寺院。山号は道人山。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)

(すい) (きん) (くつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空洞に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

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小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)

『川越さつまいも地蔵尊』建立由来記

川越と言えば、サツマイモと言われるほどイモの町として有名です。その歴史は約250年あります。寛政の頃(17891801)江戸の町に焼き芋屋が現れ、その焼き芋用のイモとして「川越いも」は発展し、有名になりました。

過去において、飢きんや戦争での食糧難を救ったサツマイモですが、現在は「美容食」「健康食」「宇宙農産物」として見直され、ひろく人々に愛されています。

瀬戸内海の島々には、江戸期、サツマイモで飢きんを乗越えたことから、イモを伝えた先人の徳を偲び、「芋地蔵」が各地につくられ残っています。いまは飢えることはなくなりましたが、逆に「健康」を願う人々は増えました。『サツマイモを食べて健康になろう』の祈りを込め、現代版の芋地蔵の建立を、平成79月に地元川越のサツマイモ関係者の間で思い立ちました。

いま、川越のマチを歩いてみますと、各種のサツマイモ商品があふれていますが、昔、この妙善寺周辺でも美味しい「川越いも」がつくられていました。1013日はサツマイモの日ですが、『いも供養』(いもの日まつり)が妙善寺で催されます。

2005年(平成17年)1013

さつまいも伝来400年記念

出典:川越いも友の会

川越サツマイモ商品振興会

川越さつまいも地蔵尊奉賛会

㈳小江戸川越観光協会

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小江戸川越七福神一番札所(毘沙門天)(〒350-0046埼玉県川越市菅原町9-6)
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(株)丸紅食器設備(〒350-0046 埼玉県川越市菅原町8−14)周辺
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氷川神社古墳(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目19−1)周辺
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仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
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仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
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仙波河岸

新河岸川舟運(しゅううん)は江戸時代を通じて川越藩や川越商人の大消費地江戸への物流・販路として、また武蔵国の南西部一帯(入間郡・新座郡・多摩郡・高麗郡など)から江戸への主要な流通経路であり続けた。新河岸川の舟運はまた江戸からの文化が真っ先にもたらされるルートでもあった。

川越には川越の外港として川越五河岸が整備されていたが、幕末になり川越藩の分領であった上野国前橋の生糸が海外への輸出産品として莫大な富を生むことなどから、川越商人たちはより川越城下に近い河岸を望んだ。川越五河岸から城下へは途中に急峻な烏頭坂があり荷馬車の費用が高くつく問題もあった。川越の城下町は武蔵野台地の上に形成されていることから、明治2年(1869年)に扇河岸から仙波までの運河の開削に着手、明治12年(1879年)に仙波河岸が誕生した。仙波河岸は新河岸川の河岸場の中でも最も上流にあり、最後にできた河岸場である。仙波河岸は、川越市富士見町にある愛宕神社の下から流れ出る「仙波の滝」の水路を利用して愛宕神社の崖下の低地に開設された。川越城下の川越街道まで仙波台地を開削して切り通しを作り、その道を利用して物資を輸送した。仙波河岸の完成で川越五河岸は衰退、中でも川越城下に一番近かった扇河岸は廃止された。

新河岸川舟運は、大正3年(1914年)の東上鉄道の開通、大正9年(1920年)より始まる新河岸川の改修による水量の減少で、昭和6年(1931年)に終焉をむかえた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia

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仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
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仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)案内図
仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)案内図

仙波河岸史跡公園

公園を利用される皆さんへ

この公園は、むかし「仙波河岸」という河岸場があった跡地を整備したものです。

だれでもが気持ちよく楽しく利用できるよう、次のことを守りましょう。

1.公園の花や木は、大切にしましょう

2.ゴミくずや空きカンなどは、散らかさずに持ち帰りましょう。

3.みんなで注意し合ってケガのないように遊びましょう。

4.犬の糞は絶対に捨てないよう袋に入れて持ち帰りましょう。

5.犬の放し飼いは禁止します。

6.公園内でたき火、打ち上げ花火、その他の火気を扱い周囲に迷惑を及ぼす行為は禁止します。

7.公園内へのオートバイ、自転車の乗り入れは禁止します。

8.付近に迷惑を及ぼすボール遊びは禁止します。

9.植物などを守るため、ロープ柵の中にははいらないようにしましょう。

公園内で見られる植物

園内には下記のような植物が見られます。静かに観察しましょう。
カワヂシャタコノアシミクリ
カワヂシャ
ゴマノハグサ科
タコノアシ
ユキノシタ科
ミクリ
ミクリ科
葉はチシャ(レタスの仲間)に似て、若葉は食べられます。初夏に小さな白い花をたくさん咲かせます。晩夏につく花の穂は数本に分かれ、黄白色の花が片側につき、タコの足を連想させるので、この名がつきました。緑色のいが状の実が栗を連想させるので、この名がつきました。茎は簾(すだれ)に、根は漢方薬にされます。
公園内で見られる植物
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園

出典:川越市都市計画部公園整備課

公 園 管 理 事 務 所

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仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
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仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
仙波河岸のむかし
仙波河岸のむかし

仙波河岸のむかし

むかしこの場所には「仙波河岸」という河岸場がありました。仙波河岸ができたのは明治の初めごろのことです。

これまでにも新河岸川の下流にはすでに数箇所の河岸場があり、江戸と川越の間を船を使って物品を運んでいました。これが「新河岸川舟運」と言われているものです。

仙波河岸は新河岸川の最も上流に位置し一番新しくできた河岸場です。

しかし、明治の中ごろから東京との間に鉄道が整備されはじめました。また、大正時代には新河岸川の改修工事が始まり、昭和の初めには新河岸舟運も終わりをむかえました。

下の写真は仙波河岸に荷船が並んでいる様子を写した明治時代後期の写真です。
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仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
仙波河岸史跡公園(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目21−2)
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新河岸川右岸(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目22−14)
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仙波町交差点(東京環状道路)
仙波町交差点(東京環状道路)
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天然寺(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)
天然寺(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)

天然寺

「小江戸川越七福神 第二番 寿老人」、「武蔵国十三仏霊場 第一番 不動明王」の札所である天然寺。川越の観光エリアからは少し離れた天然寺ですが、度々巡礼の人々で賑わいます。

そんな天然寺は、室町時代(1554/天文23年)に開山栄海上人によって創建されました。

本堂には、川越の有形文化財に指定されている「木造大日如来坐像」が安置されています。川越市内に現存する仏像の中でも最古の作例の一つで、形式から1112世紀頃の制作だと考えられています。

出典:カワゴエール

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小江戸川越七福神 第二番 天然寺(寿老人)(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)
小江戸川越七福神 第二番 天然寺(寿老人)(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)

小江戸川越七福神

天然寺(天台宗)小仙波町1-10-10

第二番 寿老人

寿老人は中国の神様で老人星の化身、福禄寿と同体異名であるといわれ、富財、子宝、諸病平癒とご利益は多岐にわたっており、特に長寿の神として信仰されております

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        桔梗

桔梗の花咲く時く時ぽんと言ひそうな

                   千代女

秋の七草の朝顔は桔梗をいいます。根にはサポニンが大量に含まれており、去痰剤として薬用に用いています。

花言葉―変わらぬ愛

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小江戸川越七福神 第二番 天然寺(寿老人)(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)
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小江戸川越七福神 第二番 天然寺(寿老人)(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)
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小江戸川越七福神 第二番 天然寺(寿老人)(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)
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木造大日如来坐像

(市指定・彫刻)

像高159.8㎝、寄木造(よせぎづくり)(ちょう)(がん)(しっ)(ぱく)。胸前で()拳印(けんいん)を結び結跏趺坐(けっかふざ)する。

頭部内刳(うちぐり)部に建武2年(1335)、体部背板に永禄13年(1570)の修理銘がある。

様式・形制から11から12世紀頃の造立と考えられる。後補の部分が多く、面部も大幅に削り直しを受けているが、市内に現存する仏像としては、最も古い作例の一つである。

平成4年4月16日指定

出典:川越市教育委員会

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小江戸川越七福神 第二番 天然寺(寿老人)(〒350-0034 埼玉県川越市仙波町4丁目10−10)
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(すい) (きん) (くつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空洞に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

(すい)琴窟(きんくつ)(いや)し」

竹筒に耳をあて

滴の奏である

癒やしの音色を

お楽しみください。

住職

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〒350-0034 埼玉県川越市仙波町3丁目31−59
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川越市立川越第一中学校(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町5丁目6)周辺
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南院(多聞院)跡(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町5丁目12)周辺
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小江戸川越七福神 第三番 喜多院(大黒天)(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目20−1)
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小江戸川越七福神 第三番 喜多院(大黒天)(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目20−1)
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小江戸川越七福神 第三番 喜多院(大黒天)(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目20−1)
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仙波東照宮葵庭園

私たち川越葵ライオンズクラブは、平成15年から毎月6月末、ホタル観賞会「ホタル祭り」を実施し、市民の皆様に初夏の一夜を楽しんで頂いております。

本年、当クラブ結成30周年記念事業として、この庭園が自然のホタル自生地となるよう願いを込め、庭園のシンボルである池の護岸整備、八ツ橋造園、清流を保つポンプが生息しております。この池で産卵し、翌年5月下旬から7月上旬にかけて飛び立ち、幻想的な光を放ちます。

葵庭園のホタルが永遠に光を放つよう見守って頂ければ幸いです。

平成195

出典:川越葵ライオンズクラブ

 

 

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小江戸川越七福神 第三番 喜多院(大黒天)(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目20−1)
小江戸川越七福神 第三番 喜多院(大黒天)(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目20−1)
小江戸川越七福神 第三番 喜多院(大黒天)(〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目20−1)
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小江戸川越七福神

喜多院(天台宗)小仙波町1-20-1

第三番 大黒天

大黒天は古代インドの神様で、密教では大自在天の化身、生産の神様です。くろ(黒)くなってまめ(魔滅)に働いて大黒天を拝むと、財宝糧食の大福利益が得られます。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草       

しら露もこぼさぬ萩のうねり哉

                   芭蕉

萩の名は古い株から芽を出す生え芽(ぎ)から出たといわれ、山萩の別名です。山野に多く、七~九月に紅柴色の蝶形花を開きます。

花言葉―想い

 

小江戸川越七福神 第四番 恵比寿天(〒350-0055 埼玉県川越市久保町9−2)
小江戸川越七福神 第四番 恵比寿天(〒350-0055 埼玉県川越市久保町9−2)

小江戸川越七福神

成田山(真言宗)久保町9-2

第四番 恵比須天(えびすてん)

恵比須天様は「福の神」の代

表で、農村では、田の神、

街では市神、福利を招く神

として、鯛を抱いた福々し

い相好でなじみ深く、人々

から深い信仰が寄せられて

います。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        (なで) (しこ)

なでしこが花見る毎にをとめらが

ゑまひのにほひ思ほゆるかも

                   万葉集巻十八

河原撫子は河原辺に生え

るかれんな花の意味で、美

しい淡紅色の花を開かせま

す。

花言葉―貞節

 

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タヴェルナデルソーレ(〒350-0055 埼玉県川越市久保町8−9)周辺
タヴェルナデルソーレ(〒350-0055 埼玉県川越市久保町8−9)周辺
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)

川越 熊野神社

室町時代に紀州熊野本宮大社から分祀された開運・縁結びの神社。境内には、本殿や拝殿、神楽殿の他、歌碑がある。

出典:熊野神社

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小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)

川越銭洗弁財天厳島神社

江戸時代の城下町として栄えた埼玉県の小江戸「川越」は、蔵町の街並みや縁結び神社があることで有名な人気のエリア。なかでも熊野神社は開運・縁結びの神様が祀られており、ほかには財運にもご利益がある神社です。

出典:TABIPPO INC.

(いつく)(しま)神社(じんじゃ)御由緒

通 称 「ベんてんさま」「銭洗い弁天)芸能、福智、延寿、除災、得勝、財運の神。平成286月新たに安芸の宮島より弁財天像をお祀りする。

御祭神 (いち)杵島(きしま)(ひめの)(みこと)

御由緒 「武蔵三芳野名勝図会」(享和元年1801年)によれば、その昔は蓮馨寺の南側林中にあったが、当時、秋葉神社の西側に移したと記されている。よって御由緒は不詳であるが、口碑によれば蓮馨寺開祖以前より寶池(熊野神社裏より蓮馨寺境内にかけてありと)に鎮座していた当社を崇敬し、池名「寶池」を取って寺号となし、寶池院としたと言う。明治2年蓮馨寺境内より遷座して、熊野神社の御末社とねった。

御祭礼日 例祭 6月第3日曜日

縁日 毎月17

 

諸願成就

()(へび)(さま)

願いを込めて白蛇様を撫でると御利益が得られます。

・頭 →学業成就、合格必勝

・巻物→芸事上達、知恵

・体 →身体健康、病気平癒

・卵 →金運・商売繁盛、出世・開運、安産・子宝

・二匹同時→良縁、夫婦円満、家内安全

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小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)

小江戸川越七福神

(れん)馨寺(けいじ)(浄土宗)連雀町7-1

第五番 (ふく)(ろく)寿(じゅ)(じん)

福禄寿神とは幸福、高禄

長寿の三徳を具えて人に与

える方で、右手に霊芝、左

手に神亀を持ち、癌や脳卒

中を治しなさい。そうすれ

ば福禄寿が得られますと教

えています。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        () (ばな)(すすき)

山は暮れて野は黄昏の芒かな             蕪村

ススキは穂が獣の尾のよ

うな形をしているので尾花

ともいいます。又すくすく

と立つ木の意でススキとい

われました。

花言葉―勢力、活力

 

小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)
小江戸川越七福神 第五番 蓮馨寺(福禄寿神)(〒350-0066 埼玉県川越市連雀町7−1)

おびずる様

おびんずる様は、お釈迦(しゃか)様の16人の偉いお弟子(十六羅漢)の一人で、本当の名は、賓頭盧(びんどら) (ぱー) 羅堕(らどばーじゃ)と申します。若い時は勝手気ままな暮らしをしていましたが、お釈迦様にめぐり合って発心(ほっしん)し、出家(しゅっけ)修行(しゅぎょう)して神通力(じんつうりき)を得 阿羅漢(あらかん)(世に尊き人)となりました。

それからは、その神通力を用いて、病気の人や体の不自由な人を助け、欲の深い人や意地の悪い人を()らし、心に(なや)み事を持つ人の為には仏様の教えを説いて、多くの人をお救いになりました。

中国や日本のお寺に、おびんずる様の像が(まつ)ってあるのは、おびんずる様の体に(さわ)ってその手で自分の体をなでれば、病気が(なお)り、頭もよくなれば節々(ふしぶし)も軽くなると云う おびんずる様の霊験(れいげん)(不思議なご利益(りやく))が、今も尚深く信仰されているからです。(なで仏)

(れん)馨寺(けいじ)のおびんずる様は、大勢(おおぜい)の人に撫でられますので、25年に一度は塗り替えをいたします。

当山
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玉屋 川越(〒350-0063 埼玉県川越市幸町2−20)周辺
玉屋 川越(〒350-0063 埼玉県川越市幸町2−20)周辺
玉屋 川越(〒350-0063 埼玉県川越市幸町2−20)周辺
玉屋 川越(〒350-0063 埼玉県川越市幸町2−20)周辺
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小江戸川越七福神 第六番 見立寺(布袋尊)(〒350-0062 埼玉県川越市元町2丁目9−1)
小江戸川越七福神 第六番 見立寺(布袋尊)(〒350-0062 埼玉県川越市元町2丁目9−1)

見立寺

永禄1年(1558)後北条氏の川越城将政繁は、城下に一寺を建立して建立寺と名づけ、一族中の存貞和尚を小田原伝肇寺より招請して開山とし、のち見立寺と改めました。存貞和尚は、永禄6年増上寺10世となったが、永禄9年見立寺に再住、そして先に政繁の母が平方村に造営した蓮馨寺を、川越に移して両寺を兼帯しました。天正18年(1590)豊臣秀吉の禁制書には、「武州川越蓮馨寺同門前 見立寺」と記されています。蓮馨寺門前より当地に移転した年代、経緯など不詳ですが、おそらく、延宝年中(1670年代頃)であると考えらます。現本堂は、明治14年(1881)に建立されたもので、板碑(青石塔婆)二基、徳本上人名号碑、松平(松井)周防守家の阿弥陀如来坐像並藩主位牌などが現存しています。また、赤穂浪士・矢頭右衛門七の妹の墓や浄土宗念仏行者・徳本上人名号碑が祀られています。

出典:小江戸川越七福神霊場会

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小江戸川越七福神 第六番 見立寺(布袋尊)(〒350-0062 埼玉県川越市元町2丁目9−1)
小江戸川越七福神 第六番 見立寺(布袋尊)(〒350-0062 埼玉県川越市元町2丁目9−1)
小江戸川越七福神 第六番 見立寺(布袋尊)(〒350-0062 埼玉県川越市元町2丁目9−1)
小江戸川越七福神 第六番 見立寺(布袋尊)(〒350-0062 埼玉県川越市元町2丁目9−1)

小江戸川越七福神

 

見立寺(浄土宗)元町2-9-11

 

第六番 布袋(ほてい)(そん)

 

布袋尊は唐の弾僧で名は

 

契此といいました。小柄で

 

太鼓腹。大きな袋を背負っ

 

て放浪し福徳を施したとい

 

い、世人は弥勒菩薩の化身

 

ともいって尊びました。

 

 

 

小江戸川越七つの音風景

 

水琴窟(すいきんくつ)

 

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

 

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

 

秋の七草        葛くず

 

山は辺ににほひし葛の房花は

 

藤波よりもあはれなりけり

 

斎藤茂吉       

 

   

 

葛は昔大和の国・栖(くず)の人がくず粉を売り出したので出た名といわれ、根から葛粉がとれます。又、葛根湯は風邪薬になります。

 

花言葉―根気、努力

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小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)

小江戸川越七福神

(みょう)昌寺(しょうじ)(日蓮宗)三光町29

第七番 弁財天(べんざいてん)

弁財天さまは、七福神唯一の女神で、弁舌、芸術、財福、延寿を授ける神として、古くから、商人や芸人などの幅広い人々の信仰を集めており、運を開き、福を招く女神です。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草めぐり (ふじ) (ばかま)

宿りせし人のかたみか藤袴

わすられがたき香に匂ひつつ 紀 貫之

    

葛は昔大和の国・栖(くず)の人がくず粉を売り出したので出た名といわれ、根から葛粉がとれます。又、葛根湯は風邪薬になります。

花言葉―根気、努力

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小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)

妙昌寺

妙昌寺は、小江戸川越七福神の第七番「弁財天」のお堂があるお寺です。

室町時代(永和元年/1375)、日蓮宗大本山池上本門寺の末寺として、現在の川越市幸町に創建。

その後、江戸時代(寛保元年/1741)に、松平伊豆守信綱による川越城大改修の際、現在の地(旧浅場孫兵衛侍屋敷跡地)に移築しました。

そんな妙昌寺ではユニークな伝統行事が行われます。それは土用丑の日に行われる「ほうろく灸」。

ほうろく灸とは、素焼きのお皿に火をつけた大きなお灸を置き、それを頭の上に乗せ無病息災、身体健全を祈願する行事です。その由来は、炎天下で暑さ負けした武将が、兜の上から灸をすえたところ、たちまち全快しと言う話から来ているそうです。

川越ではウナギのお店も多いので、土用丑の日にはウナギとほうろく灸のセットで夏を乗り越えたいですね。

ちなみに妙昌寺は、その昔は蛍の名所としても知られていたそです。

 

出典:カワゴエール

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小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)

経ヶ嶋辯財天

室町時代、時の地頭が小石に法華経を書写し、塚を築いて辯財天をまつって守護神としたのが始まりです。

江戸時代、長録元年に、太田道灌公が川越城を築城する際、辯財天の社が川越城の裏鬼門に向いていたことから、鬼門除けの守護神として尊崇(信仰)厚かったと伝えられています。

当社はその昔、螢の名所としても知られていました。

(昭和24年 川越市史跡より)

辨天財に寄せられた和歌(江戸時代)

・宝をもうち出す神の徳ゆへか

つちのとの巳にまつる御社

阪 月

・弁天の(よう)(こう)なれや燕子花(かきつばた)

池のおもても紫の雲

茂 躬

・この神の恵みに茂れ(へび)()盆子(ちご)

如 松

 

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小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
小江戸川越七福神 第七番 妙昌寺(弁財天)(〒350-0067 埼玉県川越市三光町29)
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(すい) (きん) (くつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空洞に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

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