クレアパーク(スタート)→大塚新町公園→ウエスタ川越→入間川街道→尚美学園大学→メガガンジャ 周辺(ゴール)

川越公園ウオークⅡ
・大塚新町公園
・尚美学園大学
-高圧線を目印にー

クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
アトレ川越2F 歩道
アトレ川越2F 歩道
アーチ橋下踏切 東武東上線、JR川越線川越駅付近
アーチ橋下踏切 東武東上線、JR川越線川越駅付近
アーチ橋下踏切 東武東上線、JR川越線川越駅付近
アーチ橋下踏切 東武東上線、JR川越線川越駅付近
脇田本町交差点
脇田本町交差点
脇田本町交差点
脇田本町交差点
住友生命保険相互会社 埼玉西支社 周辺
住友生命保険相互会社 埼玉西支社 周辺
住友生命保険相互会社 埼玉西支社 周辺
住友生命保険相互会社 埼玉西支社 周辺
住友生命保険相互会社 埼玉西支社 周辺
住友生命保険相互会社 埼玉西支社 周辺
ウェディングホールラ・ボア・ラクテ 周辺
ウェディングホールラ・ボア・ラクテ 周辺
WITH GOLF STUDIO 周辺
WITH GOLF STUDIO 周辺
〒350-1126 埼玉県川越市旭町2丁目16−7 周辺
〒350-1126 埼玉県川越市旭町2丁目16−7 周辺
大塚新田公園 -高圧線を目印にー
大塚新田公園 -高圧線を目印にー
大塚新田公園 源頼朝の山車
大塚新田公園 源頼朝の山車
大塚新田公園 竣功記念碑
大塚新田公園 竣功記念碑
大塚新田公園
大塚新田公園
大塚新田公園
大塚新田公園
大塚新田公園
大塚新田公園
旭町第一公園 周辺
旭町第一公園 周辺
旭町一丁目 交差点
旭町一丁目 交差点
旭町一丁目 交差点
旭町一丁目 交差点
旭町一丁目 交差点
旭町一丁目 交差点
(株)マツザキ 新宿店 周辺
(株)マツザキ 新宿店 周辺
三隆商事(株) 周辺
三隆商事(株) 周辺
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
武州ハウス工業(株)  周辺
武州ハウス工業(株)  周辺
Hair Resort 3piece+1 周辺
Hair Resort 3piece+1 周辺
入間川街道
入間川街道
入間川街道
入間川街道
入間川街道
入間川街道
〒350-1115 埼玉県川越市野田町2丁目2−6 -高圧線を目印にー
〒350-1115 埼玉県川越市野田町2丁目2−6 -高圧線を目印にー
川越寿町郵便局 -高圧線を目印にー
川越寿町郵便局 -高圧線を目印にー
川越寿町郵便局 -高圧線を目印にー
川越寿町郵便局 -高圧線を目印にー
川越寿町郵便局
川越寿町郵便局
〒350-1116 埼玉県川越市寿町1丁目2255−2 -高圧線を目印にー
〒350-1116 埼玉県川越市寿町1丁目2255−2 -高圧線を目印にー
番匠屋敷公園
番匠屋敷公園
尚美学園大学
尚美学園大学
尚美学園大学
尚美学園大学
尚美学園大学 裏側通り
尚美学園大学 裏側通り
尚美学園大学
尚美学園大学
尚美学園大学 裏側通り
尚美学園大学 裏側通り
尚美学園大学 裏側通り
尚美学園大学 裏側通り
尚美学園大学
尚美学園大学
小さな旅川越温泉 周辺
小さな旅川越温泉 周辺
小さな旅川越温泉 周辺
小さな旅川越温泉 周辺
小さな旅川越温泉
小さな旅川越温泉
〒350-1115 埼玉県川越市野田町1丁目22−5
〒350-1115 埼玉県川越市野田町1丁目22−5
長島屋酒店 周辺
長島屋酒店 周辺
第3川越いもの子作業所 周辺
第3川越いもの子作業所 周辺
メガガンジャ 周辺(ゴール)
メガガンジャ 周辺(ゴール)

クレアパーク(スタート)→ウエスタ川越(WC)→岸町健康ふれあい広場(WC)→いなげや→新河岸駅→氷川神社→新河岸川(昼飯)→仙波河岸史跡公園→川越駅

川越わくわくウオーキング教室 NPO法人埼玉ウオーキング協会 小江戸川越ウオークⅢ

川越わくわくウオーキング教室
NPO法人埼玉ウオーキング協会
小江戸川越ウオークⅢ
・岸町健康ふれあい広場
・新河岸駅
・仙波河岸史跡公園

クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
脇田町5−4周辺
脇田町5−4周辺
三番町通り陸橋
三番町通り陸橋
脇田本町交差点
脇田本町交差点
脇田本町14−32周辺
脇田本町14−32周辺
小江戸薬局
小江戸薬局
小江戸薬局
小江戸薬局
脇田本町10−18周辺
脇田本町10−18周辺
脇田本町10−18周辺
脇田本町10−18周辺
脇田本町10−18周辺
脇田本町10−18周辺
新宿町1丁目17−17周辺
新宿町1丁目17−17周辺
新宿町6丁目10−10周辺
新宿町6丁目10−10周辺
新宿町6丁目公園 周辺
新宿町6丁目公園 周辺
新宿町6丁目3−7陸橋
新宿町6丁目3−7陸橋
岸町3丁目24−15周辺
岸町3丁目24−15周辺
岸町健康ふれあい広場 周辺
岸町健康ふれあい広場 周辺
岸町健康ふれあい広場 周辺
岸町健康ふれあい広場 周辺
岸町健康ふれあい広場 教室
岸町健康ふれあい広場 教室
岸町健康ふれあい広場 教室
岸町健康ふれあい広場 教室
岸町健康ふれあい広場 教室
岸町健康ふれあい広場 教室
サクラ シナミザクラ
サクラ シナミザクラ

サクラ(シナミザクラ)

系統      シナミザクラ系(中国産)

開花時期             早い(ソメイヨシノと比較して)

花弁の色             白色(淡紅色)

花の大きさ         小輪

花の咲き方         一重咲

特徴            雄しべが長く、花の雰囲気ががややウメに似る。

中国産。名前や別名の唐実桜(カラミザクラ)は、これに由来する。日本には自生しない。

6月頃に赤く熟する果実はいわゆるサクランボで、食べられる。

出典:岐阜県森林研究所

サクラ シナミザクラ
サクラ シナミザクラ
今福2745周辺
今福2745周辺
砂新田1丁目21−1周辺
砂新田1丁目21−1周辺
砂新田2丁目11−6周辺
砂新田2丁目11−6周辺
砂 自転車預り所細野 前
砂 自転車預り所細野 前
砂849−4周辺
砂849−4周辺
砂966−7周辺
砂966−7周辺
新河岸28−1周辺
新河岸28−1周辺
新河岸 河岸場跡
新河岸 河岸場跡

新河岸

河岸場跡

出典:川越中央ライオンズクラブ

25周年記念植樹

新河岸 河岸場跡
新河岸 河岸場跡

川越市指定史跡 新河岸川河岸場跡

今から300余年まえ川越城主松平伊豆守信綱がもと内川といった荒川の支流、新河岸川を改修して川越と江戸間の舟運を開いた。当初は年貢米を主としたが、のち、貨客の輸送がふえ旭橋を中心に上下新河岸、牛子、扇、寺尾の五河岸には船問屋、商家が軒を並べ、日夜発着の船が絶えなかった。また、その物資を運搬する車馬の出入りも多く賑わいを極めた。しかし鉄道の開通により次第に衰微に傾き、いわゆる99曲30里の舟唄もすべて昔の語り草となった。

 

新河岸川舟唄

〽 九十九曲り エー 仇では越せぬ

遠い水路の 三十里

〽 押せよ押せ押せ エー 二挺櫓で押せよ

押せば千住が 近くなる

〽 着いた着いたよ エー 新河岸橋へ

主もでてとれ おもてもや

 

新河岸 河岸場跡
新河岸 河岸場跡

市指定・史跡

新河岸川河岸場跡

新河岸川船運の歴史は、寛永十五年(1638)川越仙波にあった東照宮が火災で焼け川越藩がその再建用資材を江戸から運ぶのに新河岸川を利用したことに始まるといわれる。

翌寛永十六年、川越城主となった松平信綱は、もと内川といった荒川の支流、新河岸川を本格的に改修、水量を確保して川越―江戸間の舟運体制を整えた。

旭橋を中心に、上新河岸、下新河岸、扇河岸、牛子河岸、寺尾河岸、の五河岸沿には船問屋商家が軒を並べ、さらに下流には古市場、福岡、百目木、伊佐島、本河岸、前河岸、志木河岸、宮戸河岸などが開設され明治維新まで繁栄が続いた。

当初は川越藩の年貢米運搬が主だったが、後一般商品も多く運ばれるようになり(江戸行―醤油・綿実・炭・材木・川越―油・反物・砂糖・塩・荒物・干鰯等)舟運を更に発展させた。

現在も周辺には元禄年間の「そうめん蔵」や水神宮、また明治三年建造の船問屋伊勢安の店構えなどがあり、往時を偲ばせている。

昭和五十五年十一月

出典:川越市教育委員会

河岸跡(船運遺構)
河岸跡(船運遺構)
河岸跡(船運遺構)
河岸跡(船運遺構)
河岸跡(船運遺構)
河岸跡(船運遺構)
新河岸26−4周辺
新河岸26−4周辺
川越線高架下
川越線高架下
新河岸川の水草
新河岸川の水草
岸町1丁目35−6周辺
岸町1丁目35−6周辺
岸町1丁目44−65周辺
岸町1丁目44−65周辺
仙波河岸史跡公園入口
仙波河岸史跡公園入口
仙波河岸史跡公
仙波河岸史跡公
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園

仙波河岸史跡公園

公園を利用される皆さんへ

この公園は、むかし「仙波河岸」という河岸場があった跡地を整備したものです。

だれでもが気持ちよく楽しく利用できるよう、次のことを守りましょう。

1.公園の花や木は、大切にしましょう

2.ゴミくずや空きカンなどは、散らかさずに持ち帰りましょう。

3.みんなで注意し合ってケガのないように遊びましょう。

4.犬の糞は絶対に捨てないよう袋に入れて持ち帰りましょう。

5.犬の放し飼いは禁止します。

6.公園内でたき火、打ち上げ花火、その他の火気を扱い周囲に迷惑を及ぼす行為は禁止します。

7.公園内へのオートバイ、自転車の乗り入れは禁止します。

8.付近に迷惑を及ぼすボール遊びは禁止します。

9.植物などを守るため、ロープ柵の中にははいらないようにしましょう。

公園内で見られる植物

園内には下記のような植物が見られます。静かに観察しましょう。

 

 

 

カワヂシャ

ゴマノハグサ科

タコノアシ

ユキノシタ科

ミクリ

ミクリ科

葉はチシャ(レタスの仲間)に似て、若葉は食べられます。初夏に小さな白い花をたくさん咲かせます。

晩夏につく花の穂は数本に分かれ、黄白色の花が片側につき、タコの足を連想させるので、この名がつきました。

緑色のいが状の実が栗を連想させるので、この名がつきました。茎は(すだれ)に、根は漢方薬にされます。

出典:川越市都市計画部公園整備課

公 園 管 理 事 務 所

富士見町29−4周辺
富士見町29−4周辺
富士見町27−11周辺
富士見町27−11周辺
菅原町11−6周辺
菅原町11−6周辺
妙善寺
妙善寺
川越駅東口 バスロータリー
川越駅東口 バスロータリー

クレアパーク(スタート)→大塚新町公園→ウエスタ川越→入間川街道→尚美学園大学→川越駅(ゴール)

6月度川越わくわくウオーキング教室 NPO法人埼玉ウオーキング協会
川越公園ウオークⅡ
・大塚新町公園
・尚美学園大学
-高圧線を目印に-

クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
ルミネ川越
ルミネ川越
川越デストリアンデッキ
川越デストリアンデッキ
〒350-1123 埼玉県川越市脇田本町22‐1 埼玉縣信用金庫川越支店
〒350-1123 埼玉県川越市脇田本町22‐1 埼玉縣信用金庫川越支店
〒350-1178 埼玉県川越市大塚新町17‐6
〒350-1178 埼玉県川越市大塚新町17‐6
大塚新町公園
大塚新町公園
「源 頼朝の山車」の由来
「源 頼朝の山車」の由来

「源頼朝の山車」の由来

源頼朝の山車

・川越市歴史文化伝承山車登録

第四号 平成15717

・山車製作者 宮澤敬次郎(大袋新田)

・築造年月 明治28年7月

・人形制作者 作者不詳

明治初期、当地の中年の人達が王蔵流祭り囃子

取得し、村の鎮守の発礼時に祭囃子を奏上したことが、山車創設の契機となり明治10年、当地の篤志家(牛窪家)資材で屋台を組み上げ、祭礼時に地域の安泰を願って祭囃子の太鼓の音を響かせながら屋台を曳き廻したことに始まる。

明治22年に宮大工、宮澤敬次郎氏により四ッ車二重鉾、囃子舞台に山車人形「源頼朝」を乗せ、山車の原型が出来上がった。当時の詳細記録が消失しているため、公式築造年月は明治287月の第一次改造の記述をもって築造年月としている。

以来改造改修を重ね、現在に至っている。

大塚新田氏子会

大塚新田自治会

大塚新田囃子会

付記 改造大工

貫井 豊之助(大袋新田)

高山 栄 治(旭町三丁目)

源 頼朝の山車
源 頼朝の山車
大塚新町公園
大塚新町公園
川越市大塚新四第二土地区画整理事業
川越市大塚新四第二土地区画整理事業
大塚新町公園
大塚新町公園
ウエスタ川越
ウエスタ川越
脇田本町公園
脇田本町公園
脇田本町公園
脇田本町公園
〒350-1123 埼玉県川越市脇田本町11‐33
〒350-1123 埼玉県川越市脇田本町11‐33
〒350-1112 埼玉県川越市上野田町36‐4
〒350-1112 埼玉県川越市上野田町36‐4
〒350-1115 埼玉県川越市野田町2丁目 入間川街道
〒350-1115 埼玉県川越市野田町2丁目 入間川街道
白山神社
白山神社
入間川街道 -高圧線を目印に-
入間川街道 -高圧線を目印に-
尚美学園大学
尚美学園大学
〒350-1112 埼玉県川越市上野田町36‐41
〒350-1112 埼玉県川越市上野田町36‐41
〒350-1114 埼玉県川越市東田町16‐3
〒350-1114 埼玉県川越市東田町16‐3
〒350-1114 埼玉県川越市東田町16‐3
〒350-1114 埼玉県川越市東田町16‐3

クレアパーク(スタート)→ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場→いなげや→新河岸駅→氷川神社→新河岸川→仙波河岸史跡公園→川越駅(ゴール)

小江戸川越ウオークⅢ
・仙波河岸史跡公園
・初雁公園

クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場→いなげや
岸町健康ふれあい広場→いなげや
いなげや
いなげや
新河岸駅
新河岸駅
新河岸駅→氷川神社
新河岸駅→氷川神社
氷川神社
氷川神社
新河岸川
新河岸川
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園

川越市指定史跡新河岸川河岸場跡

今から三百余年まえ川越城主松平伊豆守信綱がもと内川いった荒川の支流。新河岸川を改修して川越と江戸間の船運を開いた。当初は年貢米を主としたが、のち貨客の輸送がふえて旭橋を中心に上下新河岸、牛子、扇、寺尾の五河岸には船問屋、商家が軒を並べ、日夜発着の船が絶えなかった。また、その部資を運搬する車馬の出入りも多く賑わいを極めた。しかし鉄道の開通により次第に衰微に傾き、いわゆる九十九曲り三十里の舟歌もすべて昔の語り草となった。

新河岸川舟唄

〽 九十九曲り エー 仇では越せぬ

遠い水路の 三十里

〽 押せよ押せ押せ エー 二挺櫓で押せよ

 押せば千住が 近くなる

〽 着いた着いたよ エー 新河岸橋へ

 主もでてとれ おもてもや

新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園

市指定・史跡
新河岸川河岸場跡

新河岸川船運の歴史は、寛永十五年(1638)川越仙波にあった東照宮が火災で焼け川越藩がその再建用資材を江戸から運ぶのに新河岸川を利用したことに始まるといわれる。

翌寛永十六年、川越城主となった松平信綱は、もと内川といった荒川の支流、新河岸川を本格的に改修、水量を確保して川越―江戸間の舟運体制を整えた。

旭橋を中心に、上新河岸、下新河岸、扇河岸、牛子河岸、寺尾河岸、の五河岸沿には船問屋商家が軒を並べ、さらに下流には古市場、福岡、百目木、伊佐島、本河岸、前河岸、志木河岸、宮戸河岸などが開設され明治維新まで繁栄が続いた。

当初は川越藩の年貢米運搬が主だったが、後一般商品も多く運ばれるようになり(江戸行―醤油・綿実・炭・材木・川越―油・反物・砂糖・塩・荒物・干鰯等)舟運を更に発展させた。

現在も周辺には元禄年間の「そうめん蔵」や水神宮、また明治三年建造の船問屋伊勢安の店構えなどがあり、往時を偲ばせている。

昭和五十五年十一月

出典:川越市教育委員会

    

新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園

仙波河岸のむかし

むかしこの場所には「仙波河岸」という河岸場がありました。仙波河岸ができたのは明治の初めごろのことです。

これまでにも新河岸川の下流にはすでに数箇所の河岸場があり、江戸と川越の間を船を使って物品を運んでいました。これが「新河岸川舟運」と言われているものです。

仙波河岸は新河岸川の最も上流に位置し一番新しくできた河岸場です。

しかし、明治の中ごろから東京との間に鉄道が整備されはじめました。また、大正時代には新河岸川の改修工事が始まり、昭和の初めには新河岸舟運も終わりをむかえました。

下の写真は仙波河岸に荷船が並んでいる様子を写した明治時代後期の写真です。

 

仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園