クレアパーク(スタート)→妙善寺(毘沙門天)→仙波川岸史跡公園→天然寺(寿老人)→喜多院(大黒天)→成田山(恵比寿天)→連馨寺(福禄寺)→三芳野神社→川越氷川神社→見立寺(布袋尊)→妙昌寺(弁財天)→クレアパーク(ゴール)

小江戸川越ウオークV
(川越七福神、仙波史跡公園、
氷川神社) 埼玉ウオーキング協会

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妙善寺(毘沙門天)
妙善寺(毘沙門天)

大黒天

毘沙門天(梵名ベイシラマナ)
毘沙門天(梵名ベイシラマナ)

毘沙門天(梵名ベイシラマナ)は、仏教の守護神で多聞天とも呼ばれています。よろい、かぶとに身を包み左手に持っている宝塔より無量の宝物を衆生に与えて福徳を授け、右手の鉾は邪を払い魔を降す徳を示します。心には勇気決断、くらしには財という、物心ともどもの福を施す神であります。

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小江戸川越七福神

(みょう)善寺(ぜんじ)(天台宗)菅原町9-6

第一番 毘沙門天(びしゃもんてん)

毘沙門天は仏教の守護神

で、多聞天ともよばれてい

ます。鎧、兜に身を包み、

左手に持つ宝塔から宝物を

授け、右手の鉾で邪を払う

という、物心共々の福を施

す神であります。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        女郎花(おみなえし)

手にとれば袖さへ匂ふ女郎花

この白露に散らまく惜しも

                   山上憶良

オミナエシのオミナは女

で、姿のやさしさを現した

名。根は漢方で敗醤といい

利尿、解毒に用います。

花言葉―美人

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妙善寺(毘沙門天)
妙善寺(毘沙門天)
天然寺(寿老人)
天然寺(寿老人)

寿老人

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寿老人
寿老人

寿老人は、中国の神様で、老人星の化身、福禄寿と同体異名であるともいわれ、そのお姿は多様であります。当寺の寿老人は、彦根智教寺に安置されていたもので、長頭、長髭、右手に杖を持ち、左手に長寿のしるしの桃を持っています。富財、子宝、諸病平癒とそのご利益は多岐にわたっておりますが、なんといっても長寿の神として信仰されております。

小江戸川越七福神

天然寺(天台宗)小仙波町1-10-10

第二番 寿老人

寿老人は中国の神様で老人星の化身、福禄寿と同体異名であるといわれ、富財、子宝、諸病平癒とご利益は多岐にわたっており、特に長寿の神として信仰されております

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        桔梗

桔梗の花咲く時く時ぽんと言ひそうな

                   千代女

秋の七草の朝顔は桔梗をいいます。根にはサポニンが大量に含まれており、去痰剤として薬用に用いています。。

花言葉―変わらぬ愛

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天然寺(寿老人)

天然寺(寿老人)
天然寺(寿老人)

天然寺(寿老人)
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天然寺(寿老人)

天然寺(寿老人)


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中院庭園
中院庭園
中院庭園
中院庭園
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中院庭園

中院庭園
中院庭園

中院庭園
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喜多院(大黒天)
喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)

大黒天

大黒天
大黒天

大黒天は古代インドの闇黒の神で、仏教での戦闘神です。平安以後食を司る台所の神と崇められました。又、日本の神大国主命を大国と混同させ、命のご神徳を合せ、糧食財宝が授かる神として信仰を得ました。くろ(黒)くなってまめ(魔滅)に働いて大黒天を拝むと大福利益が得られます。

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小江戸川越七福神

喜多院(天台宗)小仙波町1-20-1

第三番 大黒天

大黒天は古代インドの神様で、密教では大自在天の化身、生産の神様です。くろ(黒)くなってまめ(魔滅)に働いて大黒天を拝むと、財宝糧食の大福利益が得られます。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草       

しら露もこぼさぬ萩のうねり哉

                   芭蕉

萩の名は古い株から芽を出す生え芽(ぎ)から出たといわれ、山萩の別名です。山野に多く、七~九月に紅柴色の蝶形花を開きます。

花言葉―想い

 

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喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)
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喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)
喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)
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喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)
喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)
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喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)
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喜多院(大黒天)

喜多院(大黒天)
成田山(恵比寿天)
成田山(恵比寿天)

恵比須天

恵比須天
恵比須天

恵比須様は「福の神」の代表。鯛を抱いた福々しい相好はなじみ深いものであります。恵比須の名は、外国人を意味するエビスの言葉と同一で、本来は異郷から来臨して人々に幸福をもたらすと信じられた神であります。漁村では海の神、農村では田の神、山村では山の神、都市では市神、福利を招く神として、商人からも深い信仰が寄せられています。

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小江戸川越七福神

成田山(真言宗)久保町9-2

第四番 恵比須天(えびすてん)

恵比寿様は「福の神」の代

表で、農村では、田の神、

街では市神、福利を招く神

として、鯛を抱いた福々し

い相好でなじみ深く、人々

から深い信仰が寄せられて

います。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        (なで) (しこ)

なでしこが花見る毎にをとめらが

ゑまひのにほひ思ほゆるかも

                   万葉集巻十八

河原撫子は河原辺に生え

るかれんな花の意味で、美

しい淡紅色の花を開かせま

す。

花言葉―貞節

 

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成田山(恵比寿天)
成田山(恵比寿天)


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成田山(恵比寿天)

成田山(恵比寿天)
成田山(恵比寿天)

成田山(恵比寿天)
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成田山(恵比寿天)

成田山(恵比寿天)
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〒350-0066 埼玉県川越市連雀町15‐11
〒350-0066 埼玉県川越市連雀町15‐11
熊野神社
熊野神社
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銭洗弁財天宇賀福神社
銭洗弁財天宇賀福神社
連馨寺(福禄寿神)
連馨寺(福禄寿神)

福禄寿神

福禄寿神
福禄寿神

福禄寿神とは、幸福、高禄、長寿の三徳を具えて、これを人に与え、方位除災、商売繁昌、延寿福楽等のご利益を現わされる方でありますが、当山の尊像は右手に霊芝、左手に神亀を持たれ、癌や脳卒中を早く治しなさい、そうすれば、福禄寿が得られますと教えています。

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小江戸川越七福神

(れん)馨寺(けいじ)(浄土宗)連雀町7-1

第五番 (ふく)(ろく)寿(じゅ)(じん)

福禄寿神とは幸福、高禄

長寿の三徳を具えて人に与

える方で、右手に霊芝、左

手に神亀を持ち、癌や脳卒

中を治しなさい。そうすれ

ば福禄寿が得られますと教

えています。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        () (ばな)(すすき)

山は暮れて野は黄昏の芒かな             蕪村

ススキは穂が獣の尾のよ

うな形をしているので尾花

ともいいます。又すくすく

と立つ木の意でススキとい

われました。

花言葉―勢力、活力

 

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連馨寺(福禄寿神)

連馨寺(福禄寿神)
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川越氷川神社
川越氷川神社
川越氷川神社

川越氷川神社
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川越氷川神社

川越氷川神社
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見立寺(布袋尊)
見立寺(布袋尊)

布袋尊

布袋尊
布袋尊

布袋尊は中国唐代の禅僧で名は契此。小柄で太鼓腹、大きな袋を担って各地を放浪し、吉凶を占い、福を施して倦むことがなかったといいます。又、未来仏たる弥勒菩薩の化身ともいわれ、昔から崇められてきました。御真言「オンマイトレイヤソワカ」

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小江戸川越七福神

見立寺(けんりゅうじ)(浄土宗)元町2-9-11

第六番 布袋(ほてい)(そん)

布袋尊は唐の禅僧で名は

契此といいました。小柄で

太鼓腹。大きな袋を背負っ

て放浪し福徳を施したとい

い、世人は弥勒菩薩の化身

ともいって尊びました。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        (くず)

山の辺ににほひし葛の房花は

藤波よりもあはれなりけり 斎藤茂吉

葛は昔大和の国・栖(くず)の人がくず粉を売り出したので出た名といわれ、根から葛粉がとれます。又、葛根湯は風邪薬になります。

花言葉―根気、努力

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見立寺(布袋尊)

見立寺(布袋尊)
見立寺(布袋尊)

見立寺(布袋尊)
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見立寺(布袋尊)

見立寺(布袋尊)
〒350-0824 埼玉県川越市石原町1丁目18‐7
〒350-0824 埼玉県川越市石原町1丁目18‐7
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妙昌寺(弁財天)
妙昌寺(弁財天)

弁財天

弁財天
弁財天

弁財天さまは、七福神唯一の女神で、弁舌、芸術、財福、延寿を授ける神として、古くから、商人や芸人などの幅広い人々の信仰を集めており、運を開き、福を招く女神です。

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小江戸川越七福神

(みょう)昌寺(しょうじ)(日蓮宗)三光町29

第七番 弁財天(べんざいてん)

弁財天さまは、七福神唯一の女神で、弁舌、芸術、財福、延寿を授ける神として、古くから、商人や芸人などの幅広い人々の信仰を集めており、運を開き、福を招く女神です。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        (ふじ) (ばかま)

宿りせし人のかたみか藤袴

わすられがたき香に匂ひつつ 紀貫之

花が藤色で弁の形が筒をなしているからついた名といいます。乾燥させたものは薬用で利尿、通経、黄疸に効果があるといいます。

花言葉―思いやり、落ちつき

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妙昌寺(弁財天)

妙昌寺(弁財天)
妙昌寺(弁財天)

妙昌寺(弁財天)
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然寺(寿老人)
然寺(寿老人)

クレアパーク(スタート)→蔵里→出世稲荷→大正浪漫夢通り→蔵造りの町並み→菓子屋横丁→濯柴公園→時の鐘→連雀町交差点→喜多院→中院→仙波川岸史跡公園→川越駅(ゴール)

川越・わくわくウオーキング教室
小江戸川越ウオークⅡ
・蔵造りの町並み
・菓子屋横丁
・仙波川岸史跡公園

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クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
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クレアパーク(スタート)

クレアパーク(スタート)
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クレアパーク(スタート)

クレアパーク(スタート)
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蔵里
蔵里

蔵 里 小江戸蔵里(川越市産業観光館)

120年間の歴史を持つ酒蔵を改装した「小江戸蔵里(産業観光館)」には、川越らしさと本物にこだわる「小江戸川越ブランド産品」、埼玉県内35蔵の日本酒、地場食材を生かした料理や加工品などが集結。

「蔵」の雰囲気を生かしたくつろぎと憩いの空間で、ここにしかない川越の魅力を発信しています。

「見て(酒蔵)」、「買って(お土産・地酒・発酵食品)」、「食べて(地場食材を使ったお食事)」、川越とそして埼玉の魅力を体験できる小江戸蔵里を、ぜひご利用ください。

歴史的・文化的な香りが漂う一番街の蔵造りの町並みと、商業・業務施設が集まるクレアモール。この中間に位置する小江戸蔵里は、観光客も市民の皆さんも楽しむことができる、地域のにぎわいを創造する施設です。

出典:川越市役所

蔵里

蔵里
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蔵里

蔵里
蔵里

蔵里
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大正浪漫夢通り
大正浪漫夢通り

川越大正浪漫夢通り

古き良き大正時代を思わせる情緒あふれる大正浪漫夢通り。通りを歩けば、そこかしこに大正ロマンの風情が漂います。毎日の買い物から、こだわりの逸品、川越観光のお土産などを販売する、個性豊かなお店が軒を並べています。大正ロマンの雰囲気を求めて、テレビや映画の撮影によく使われる商店街です。大正ロマンの風を感じに川越の大正浪漫夢通りへぜひお越し下さい。

出典:大正浪漫夢通り

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大正浪漫夢通り

大正浪漫夢通り
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山崎美術館
山崎美術館

公益財団法人 山崎美術館

橋本雅邦画伯

橋本雅邦画伯は、川越藩のお抱え絵師橋本晴園養師の子息にて、画道に勝れ、日本革新の先覚者であり明治時代における我が国画壇の最長老であります。

依って、郷土川越の有志が集まり、明治32(1899)画宝会を結成し、先生のご力作の頒布をいただきました。

山崎家4代目故山崎豊翁は、同会の幹事として率先活躍するとともに、画伯から受けた作品をすべて大切に保管し、これを子孫に伝承させたものであります。

併し、子孫としては、社会公益の為、一般に広く鑑賞を仰ぎ、以って美学向上の資料に供するに、如かずと考え、ここに翁の誕生150年を記念し、昭和57年文化の日に山崎美術館を発足いたしました。

より多くの方々のご利用を切にお願いします。

出典:龜屋
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まめや川越店
まめや川越店
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菓子屋横丁
菓子屋横丁

菓子屋横丁

沿革

1796年(寛政8年)、養寿院の門前町として栄えていた当地に鈴木藤左衛門が、江戸っ子好みの 気取らない菓子を製造したことに始まる。その後、のれん分けで周囲に菓子屋が増えていった。関東大震災以後は被害を受けた東京に代わって千歳飴、金太郎飴、水ようかん、かりん糖など江戸菓子の製造供給を賄い全国に出荷していた。昭和初期には70軒以上の店があった。現在[いつ?]は20数件ではあるが、石畳の風情のある町には伝統的な手法で菓子を作り続けている店舗が並び、ノスタルジックな観光地となっている。

環境省の「かおり風景100選」に選定されている。

2015年6月、店舗のひとつより出火し5棟が全焼した。

 

アクセス
川越駅-本川越駅-札の辻
東武東上線:川越駅東口より東武バス神明町車庫行きで10分(本川越駅からは5分)、「札の辻」バス停下車、徒歩3分。
イーグルバス
西武新宿線:本川越駅より小江戸巡回イーグルバスで20分(川越駅からは25分)、「菓子屋横丁」下車すぐ。
川越駅から徒歩で約30分。
関越自動車道:川越ICから車で10分。

ソース: 菓子屋横丁 – https://ja.wikipedia.org

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菓子屋横丁

菓子屋横丁
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濯柴公園
濯柴公園
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時の鐘
時の鐘

時の鐘・薬師神社

時の鐘

 

時の鐘は、江戸時代の初期、酒井忠勝が川越城主(16271634)のころに建設されたと伝えられています。

その後何度か焼失し、現在の時の鐘は、明治26年の川越大火の翌年に再建されたもので、高さは約16mあります。

平成8年には、環境庁の「残したい日本の音風景百選」に選ばれています。

 

薬師神社の由来

 

薬師神社は、以前瑞光山医王院常蓮寺という寺でしたが、明治維新の折に薬師神社となりました。

御本尊は薬師如来の立像で行基菩薩の作といわれています。五穀豊穣、家運隆昌、病気平癒、特に眼病にご利益があるといわれています。

右奥の稲荷神社は、出世、開運、合格に著しいご利益があるといわれています。

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〒350-0065 埼玉県川越市仲町9‐2
〒350-0065 埼玉県川越市仲町9‐2
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〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目2 楽庵
〒350-0036 埼玉県川越市小仙波町1丁目2 楽庵
成田山川越別院本行院
成田山川越別院本行院

成田山川越別院(本行院)

成田山川越別院本行院(なりたさんかわごえべついんほんぎょういん))は、埼玉県川越市にある真言宗智山派の寺院である。成田山新勝寺(千葉県成田市)の別院で、通称は川越不動。毎月28日には蚤の市(骨董市)で、11月には火渡り祭(柴灯護摩)で賑わう。本尊は不動明王。

歴史

嘉永6年(1853年)石川照温が廃寺になっていた久保町本行院を復興し創建。

明治10年(1877年)成田山川越別院本行院を称する(成田山最初の別院)。

交通アクセス

西武鉄道新宿線本川越駅から徒歩15分
東武東上線川越市駅から徒歩17分
東武東上線・JR川越線川越駅から徒歩約22分

ソース: 成田山川越別院本行院 – https://ja.wikipedia.org

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喜多院
喜多院

喜 多 院

喜多院は、埼玉県川越市にある天台宗の寺院。山号は星野山(せいやさん)。良源(慈恵大師、元三大師とも)を祀り川越大師の別名で知られる。

建物の多くが重要文化財に指定され、寺宝にも貴重な美術工芸品を多く有する。

広大な境内は池や掘を廻らせた景勝地となっている。1月3日の初大師(だるま市)、節分、長月護摩講塔、七五三、菊祭りなど諸行事はむろん、四季折々の行楽客で賑わう。境内にある五百羅漢の石像も有名である。毎年、正月三が日の初詣には埼玉県内の寺院の中では最も多い約40万人の参拝客が訪れる。

ソース: 喜多院 – https://ja.wikipedia.org

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喜多院

喜多院
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喜多院

喜多院

武州川越仙波喜多院

武州川越仙波喜多院
武州川越仙波喜多院
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喜多院

喜多院
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喜多院

喜多院
川越大師 喜多院案内図
川越大師 喜多院案内図

国指定重要文化財

川越大師 喜多院案内図

伝説によるとその昔仙波辺の漫々たる海水を仙芳仙人の法力によりとり除き尊像を安置したというが、平安時代、天長7年(830)淳和天皇の勅により慈覚大師が創建された勅願寺で本尊阿弥陀如来を祀り無量寿寺と名づけた。

その後鎌倉時代、元久2年(1205)兵火で炎上の後、永仁4年(1296)伏見天皇が尊海僧正に再興せしめられたとき、慈恵大師(厄除元三大師)を歓請して官田五十石を寄せられ関東天台の中心となった。

正安3年(1301)後伏見天皇は星野山(現在の山号)の勅額を下した。更に室町時代、天文6年(1537)北条氏綱、上杉朝定の兵火で炎上した。

江戸時代、慶長4年(1599)天海僧正(慈眼大師)が第二十七世の法統をつぐが、同16年(161111月徳川家康が川越を訪れたとき寺領四万八千坪及び五百石を下し、酒井備後守忠利に工事を命じ、仏蔵院北院を喜多院と改め、四代家綱のとき東照宮に二百石を下すなど大いに寺勢をふるった。寛永15年(16381月の川越大火で現存の山門を除き堂宇はすべて焼失した。そこで三代将軍家光公は堀田加賀守正盛に命じてすぐに復興にかかり、江戸城紅葉山(皇居)の別殿を移築して客殿、書院などに当てた。家光誕生の間、春日局(家光公の乳母)の間があるのはそのためである。その他慈恵堂(本堂)、多宝塔、慈眼堂、鐘楼門、東照宮、日枝神社などの建物を数年間の間に再建し、それらが今日文化財として大切に保存されている。

江戸時代までは寺領四万8千坪、七百五十石の幕府の御朱印地として寺勢をふるったが、明治以降財力の欠如とその広さ、大きさのため荒廃に向った。

戦後文化財の指定とともに昭和大復興にとりかかり関係者の並々ならぬ努力によってその主な建造物の複原修理が完成し、それら偉観は、盛時を偲ばせるまでになった。しかし未だ完成しないところもかずあり今日までその整備事業は継続して行われている。

現在の境内地は東照宮を含めて一万四千坪あり、今日その緑は市民にとって貴重な憩いの場となっており池や堀をめぐらした景勝はそこに点在する文化財群とともに川越随一の名勝地霊場地として名高く厄除元三大師のお参りとともに四季を通じて史跡を訪れる人々がいつも絶えない。

1月3日の厄除初大師のご縁日には家内安全、厄除等の護摩祈願、また境内には、名物だるま市が軒をつらねて立ち並び、又2月3日の節分会、4月の長日護摩講の行事をはじめ毎日護摩供を奉じて所願成就の祈願を厳修している。

文化財の拝観ができ、最近では毎年5月の連休の一週間宝物特別展も開かれている。

 

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喜多院

喜多院
喜多院

喜多院
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喜多院

喜多院
喜多院

喜多院
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喜多院

喜多院
喜多院

喜多院
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行幸啓記念碑
行幸啓記念碑
行幸(ぎょうこう)啓(けい)記念(きねん)碑(ひ)
行幸(ぎょうこう)啓(けい)記念(きねん)碑(ひ)

行幸(ぎょうこう)(けい)記念(きねん)()

2007328日(平成19年)、天皇・皇后両陛下におかれましては、スウェーデン国王陛下・王妃陛下と共に喜多院をご訪問ご視察されました。

左側には、19771110日(昭和52年)に、両陛下が皇太子殿下・同妃殿下として行啓(ぎょうけい)ご訪問下さいました時の記念碑があります。

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天海大僧正
天海大僧正
天海(てんかい)大僧正(だいそうじょう)
天海(てんかい)大僧正(だいそうじょう)

天海(てんかい)大僧正(だいそうじょう)

15361643

喜多院(きたいん)27世住職であり、会津高田(あいづたかだ)(現 福島県会津(あいづ)美里(みさと)町)出身、江戸時代初期、喜多院を復興(ふっこう)しました。

将軍徳川(とくがわ)家康(いえやす)(こう)信頼(しんらい)あつく、宗教(しゅうきょう)政策(せいさく)顧問(こもん)的存在として助言(じょげん)を行い、将軍も度々(たびたび)、川越城また喜多院を(おとず)れています。

108歳で遷化(せんげ)(亡くなる)後、朝廷により「(じげ)()大師(たいし)」の称号を(たまわ)りました。

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白山権現
白山権現

白山(はくさん)権現(ごんげん)

830年(天長7年)()(かく)大師(だいし)円仁(えんにん)が喜多院を創建(そうけん)された時に、天台宗修験(しゅげん)(どう)の霊場である白山より、この守護(しゅご)(しん)として白山の神仏の分霊を(まつ)ったと伝えられています。

右道路向かい側の日枝(ひえ)神社(じんじゃ)は、同じく創建時に、天台宗の本山である比叡山(ひえいざん)ふもとの日吉(ひよし)大社(たいしゃ)の神様の分霊を(まつ)った神社です。

天台宗では、人物(じんぶつ)習合(しゅうごう)といい、お寺も日本の神様にお守りいただきながら、神仏ともに礼拝(らいはい)し、人々の幸せをお祈りします。

修験(しゅげん)(どう)=神様と仏様の両方の力を得る修行方法

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中院庭園
中院庭園
中院庭園

中院庭園
中(なか)  院(いん)
中(なか)  院(いん)

市指定・史跡

(なか) (いん)

中院創立の縁起は喜多院と全く同じで、天長7年(830()(かく)大師によって創立された。元来星野山(せいやさん)無寿寺(むりょうじゅじ)のなかに北院・中院・南院の三院があり、それぞれ仏蔵院、仏地院、多聞院と称していたものである。

当初は中院は、現在の東照宮の地にあったが、寛永10年(1633)東照宮建造の祈りに現在地に移されたものである。

喜多院には天海(てんかい)僧正が来住する以前は、むしろ中院の方が勢力をもっていたことは、正安3年(1301勅願所(ちょくがんじょ)たるべき口宜の写しや、慶長以前の多数の古文書の所蔵によって知られる。秋元候の家老太陽寺一族の墓、島崎藤村の義母加藤みきの墓などがある。

平成43

出典:川越教育委員会

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富士見町
富士見町
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クレアパーク(スタート)→川越駅→健康ふれあい広場→熊野神社→仙波川岸史跡公園→薬王寺→天然寺→長徳寺→クレアパーク(ゴール)

川越公園ウオークⅠ
・健康触ふれあい広場
・仙波川岸史跡公園
・薬王寺

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クレアパーク(スタート)
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〒350-1122 埼玉県川越市 三番町通り
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アトレマルヒロ 10時時報
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アトレマルヒロ 10時時報
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アトレマルヒロ 10時時報
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〒350-1124 埼玉県川越市新宿町3丁目16‐25
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〒350-1131 埼玉県川越市岸町3丁目26‐20
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健康ふれあい広場
健康ふれあい広場
健康ふれあい広場
健康ふれあい広場
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鳥頭坂
鳥頭坂

鳥 頭 坂

(市指定・史跡)

旧川越街道を岸町から新宿町二丁目・富士見町へ上る坂道で、往時は杉並木がありうっそうとしていた。

新河岸舟運が盛んな頃は、荷揚げされた荷物を市内の問屋街に運ぶときに必ず通らなければならず、難所として知られていた。川越の地名として古くからあり、文明一八年(一四八六)頃、この地方を遊歴した道興准后の『廻国雑記』に、「うとふ坂こえて苦しき行末をやすかたとなく鳥の音もかな」という歌がある。

昭和三三年三月六日指定

出典:川越市教育委員会

 

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鳥頭坂
鳥頭坂
〒350-1131 埼玉県川越市岸町2丁目2‐6
〒350-1131 埼玉県川越市岸町2丁目2‐6
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新宿町(北)交差点
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〒350-0033 埼玉県川越市富士見町7‐2
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仙波川岸史跡公園
仙波川岸史跡公園

仙波河岸史跡公園

公園を利用される皆さんへ

この公園は、むかし「仙波河岸」という河岸場があった跡地を整備したものです。

だれでもが気持ちよく楽しく利用できるよう、次のことを守りましょう。

1.公園の花や木は、大切にしましょう

2.ゴミくずや空きカンなどは、散らかさずに持ち帰りましょう。

3.みんなで注意し合ってケガのないように遊びましょう。

4.犬の糞は絶対に捨てないよう袋に入れて持ち帰りましょう。

5.犬の放し飼いは禁止します。

6.公園内でたき火、打ち上げ花火、その他の火気を扱い周囲に迷惑を及ぼす行為は禁止します。

7.公園内へのオートバイ、自転車の乗り入れは禁止します。

8.付近に迷惑を及ぼすボール遊びは禁止します。

9.植物などを守るため、ロープ柵の中にははいらないようにしましょう。

公園内で見られる植物

園内には下記のような植物が見られます。静かに観察しましょう。
カワヂシャタコノアシミクリ
カワヂシャ
ゴマノハグサ科
タコノアシ
ユキノシタ科
ミクリ
ミクリ科
葉はチシャ(レタスの仲間)に似て、若葉は食べられます。初夏に小さな白い花をたくさん咲かせます。晩夏につく花の穂は数本に分かれ、黄白色の花が片側につき、タコの足を連想させるので、この名がつきました。緑色のいが状の実が栗を連想させるので、この名がつきました。茎は簾(すだれ)に、根は漢方薬にされます。
公園内で見られる植物
仙波河岸史跡公園 案内図
仙波河岸史跡公園 案内図

出典:川越市都市計画部公園整備課

公 園 管 理 事 務 所

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薬王寺
薬王寺

薬 王 寺

天台宗寺院の薬王寺は、佛名山寳勝院と号します。薬王寺は、権大僧都榮仲(正保21645年寂)が開基開山となり慶長15年(1611)創建したといいます。

出典:猫の足あと

〒350-0027 埼玉県川越市南田島
〒350-0027 埼玉県川越市南田島
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〒350-0034 埼玉県川越市 国道16号線
〒350-0034 埼玉県川越市 国道16号線
天然寺
天然寺
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天然寺
天然寺

小江戸川越七福神

天然寺(天台宗)小仙波町1-10-10

第二番 寿老人

寿老人は中国の神様で老人星の化身、福禄寿と同体異名であるといわれ、富財、子宝、諸病平癒とご利益は多岐にわたっており、特に長寿の神として信仰されております

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        桔梗

桔梗の花咲く時く時ぽんと言ひそうな

                   千代女

秋の七草の朝顔は桔梗をいいます。根にはサポニンが大量に含まれており、去痰剤として薬用に用いています。。

花言葉―変わらぬ愛

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天然寺
天然寺
天然寺
天然寺
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天然寺
天然寺
長徳寺
長徳寺
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長徳寺
長徳寺
長徳寺
長徳寺
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長徳寺
長徳寺
長徳寺
長徳寺
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