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6月度JWAのウオーキング教室

千代田区役所前歩道
千代田区役所前歩道
清水門入口
清水門入口
清水門入口から日本武道館の景観
清水門入口から日本武道館の景観
清水門入口から日本武道館の景観
清水門入口から日本武道館の景観
清水門
清水門
清水門
清水門
旧江戸城清水門
旧江戸城清水門

重要文化財

旧江戸城()水門(みずもん)

昭和3667日指定

江戸城は、長禄元年(1457)に太田(すび)(なが)道灌(どうかん))によって創られたとされる。

天正18年(1590)徳川家康の居城となり、文禄

元年(1592)から大規模な改修が実施され、慶長12年(1607)に天守閣が、寛永13年(1636)に総構(そうかまえ)が完成し、大城郭としての形が整えられた。その後、明暦3年(1657)をはじめ、数度の大火に見舞われものの、城郭の規模は幕末までほぼ維持された。

清水門は、北の丸北東部に位置する枡形門(ますがたもん)であり、正面の高麗門(こうらいもん)と、その右手奥の櫓門(やぐらもん)からなる。

門の創建年代は明らかではないが、現在の門は高麗門の扉釣金具の残る刻銘から万治元年(1658)に建てられたものであると考えられている。しかし、櫓門の上部は、時期は不明ながら撤去されていたものを昭和3641年度の修理で復旧整備したものである。清水門は、建立年代の判明する江戸城の遺構として高い価値を有しており、門から北の丸に至る石段とともに江戸時代の状況を色濃く残している。

 

清水門 櫓門内部

 

 

 

清水門階段
清水門階段
清水門階段
清水門階段
清水門階段
清水門階段
清水門階段
清水門階段
北の丸公園 案内図
北の丸公園 案内図
科学技術館前
科学技術館前
タイサンボク
タイサンボク

タイサンボク モクレン科

〇葉は厚めで光沢があります。

〇初夏に芳香のある大きな白花が咲きます。

〇中国の名山「泰山」と同じ和名です。

 

 

タイサンボク
タイサンボク
←科学技術館・竹橋駅 日本武道館→
←科学技術館・竹橋駅 日本武道館→
メギ
メギ

メ ギ

メギの基本情報

学名:Berberis thunbergii

和名:メギ(目木)

 

科名 / 属名:メギ科 / メギ属

モッコク
モッコク

モッコク

一般名:モッコク(木斛)

学名:Ternstroemia gymnanthera

別名:アカミの木、

分類名:植物界被子植物真正双子葉類ツツジ目モッコク科モッコク属モッコク種、

原産地:日本、中国、東南アジア、

生活型:常緑中高木、樹高:615m、樹皮色:灰褐色、葉形:長楕円形、葉序:互生、

花色:薄黄、花径:2cm。開花期:7月、果実色:赤、用途:庭木、木材、染料、漢方薬

アオギリ
アオギリ

アオギリ

学名: Firmiana simplex

科: アオイ科 Malvaceae

分類階級: 種

亜科: Sterculioideae

種: アオギリ F. simplex

アオギリ
アオギリ
気象観測露場
気象観測露場
北の丸公園露場
北の丸公園露場

北の丸公園露場

ここでは、気温、湿度、気圧、降水量、感雨(降水の有無)、積雪の深さを観測します。

このような気象観測を行う場所を露場(ろじょう)と呼びます。

重要な気象観測を行っていますので、許可なくこの中に入らないで下さい。

出典:東京管区気象台

北の丸公園露場
北の丸公園露場
コムラサキ
コムラサキ

コムラサキ

一般名:コムラサキ(小紫)

学名:Callicarpa dichotoma

別名:コシキブ(小式部) :

分類名:植物界被子植物門双子葉植物綱シソ目クマツヅラ科ムラサキシキブ属

分布:日本、朝鮮半島、中国

樹高:200300cm 開花期:68月 成実期:912月 花色:薄紫 果実色:紫 果実径:0.35cm

ツバキ
ツバキ

ツバキ

ツバキ
ツバキ
ニシキギ
ニシキギ

ニシキギ ニシキギ科

〇紅葉が美しいので、この名前がつきました。

〇枝が密に茂り、コルク質の翼があるのが面白く、庭に植えられます。

 

ニシキギ
ニシキギ
エゴノキ
エゴノキ

エゴノキ エゴノキ科

〇春に白い花を枝いっぱいにぶらさげます。

〇実がのどを刺激する(えぐい)ため、この名がつきました。

〇実は石鹸の代用となります。

エゴノキ
エゴノキ
タイワンホトトギス
タイワンホトトギス

タイワンホトトギス

台湾杜鵑草

Tricyrtis

ユリ科 ホトトギス属

分布

台湾、沖縄本島、西表島

 

〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園2‐6
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園2‐6
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園1‐1
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園1‐1
マユミ
マユミ

マユミ

学名 Euonymus sieboldianus

別名 カンサイマユミ

真弓 分類 ニシキギ科ニシキギ属 (落葉低木)

昔、丸木弓を作ったことから。        

原産・分布        北海道、本州、四国、九州、朝鮮南部、中国、樺太、南千島

神奈川県   全域に分布するが、やや低地に偏る。

用途 庭木、小箱、玩具、櫛

マユミ
マユミ
マユミ
マユミ

ニシキギ

学名: Euonymus alatus

科: ニシキギ科 Celastraceae

分類階級: 種

上位分類: ニシキギ属

ハマヒサカキ
ハマヒサカキ

ハマヒサカキ

花色:白 葉色:

学名:Eurya emarginata

科名:モッコク科

分類:常緑低木

原産地:日本、東アジア

大きさ:背丈0.31.5m1~6m) 横幅0.31.0m3m) 葉24cm前後(互生)

主な見所:樹形・葉(周年)

ハマヒサカキ
ハマヒサカキ
北の丸公園 多機能トイレ脇 多目的ブース
北の丸公園 多機能トイレ脇 多目的ブース
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園 首都高速都心環状線
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園 首都高速都心環状線
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園 首都高速都心環状線
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園 首都高速都心環状線
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園 首都高速都心環状線
〒102-0091 東京都千代田区北の丸公園 首都高速都心環状線
皇居東御苑
皇居東御苑
今日の東御苑
今日の東御苑

三の丸尚蔵館

アジサイ(Hydr angea

ノリウツギ(Panicle hydrangea

本丸では、天守台や富士見多聞(たもん)の付近、二の丸では、各所で見られます。青紫、赤紫など様々な色で初夏から夏を彩っています。

二の丸雑木林付近で見られる落葉高木です。たくさんの花が円錐(えんすい)状に集まって咲いています。花びらのように見えるのは装飾(そうしょく)()です。

カイコウズ(Common Coral-Tree

 

タイサンボク(Grand Magnolla

鹿児島県の県木として、二の丸にある都道府県の木のコーナーに植えられています。南国らしい深紅色の蝶形の花が咲いています。アメリカデイコとも呼ばれます。

ハクレンボクとも呼ばれます。本丸天守台付近で見られ、甘い香りのする大きな白い花が目立ちます。

富士見多聞(Fujimitamon)

二の丸雑木林(Ni-no-maru grove)

 

多聞(たもん)は、防衛と装飾を兼ねた長屋造りの(やぐら)の一種類で、江戸城本丸には15棟がありましたが、今では現存する唯一の遺構です。

昭和天皇の御発意で、昭和57年~60年に、武蔵野の雑木林の面影を持つ樹林を整備しました。

今では、昆虫や野鳥のすみかともなっています。

 

北桔橋門
北桔橋門
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
皇居東御苑の北側
〒100-0001 東京都千代田区千代田1‐3
〒100-0001 東京都千代田区千代田1‐3
皇居東御苑
皇居東御苑
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
ヤマハギ
ヤマハギ
百人番所
百人番所
百人番所
百人番所
大手門
大手門
大手門
大手門
大手門
大手門
大手門
大手門
大手門
大手門
和田倉噴水公園
和田倉噴水公園
和田倉噴水公園
和田倉噴水公園
和田倉門
和田倉門
和田倉門交差点
和田倉門交差点
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
行幸通遊歩道
星のや東京
星のや東京
星のや東京
星のや東京
庄内藩酒井家神田橋上屋敷跡
庄内藩酒井家神田橋上屋敷跡
ビョウヤナギ
ビョウヤナギ

ビヨウヤナギ

美容(びよう)(やなぎ)。花は黄色で初夏に開花。雄しべが花弁より長くめだちます。

オトギリソウ科

千代田区立スポーツセンター
千代田区立スポーツセンター

千代田区役所(スタート)→清水門→北の丸公園→国民公園協会(一財)皇居 外苑ザ・フォレスト北の丸→北桔橋門→江戸城跡→皇居東御苑 富士見多聞→松の廊下跡→富士見櫓→諏訪の茶屋→二の丸庭園→二の丸庭園→同心番所前→百人番所→大手門→千代田区スポースセンター(ゴール)

10月度JWAのウオーキング教室

千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)

江戸幕府蔵屋敷の礎石

江戸幕府清水門前のこの場所は、将軍直属家臣の居住地や蔵・馬場、厩といった江戸城付属の施設が置かれました。

平成16年の遺跡発掘調査では、近世初頭に水田地帯を埋め立てて屋敷を築いたことがわかりました。ここに設置した石は、敷地南半に広がる米蔵の礎石の一部で、配置は出土状態を再現しています。

礎石の配列から、二棟の東西に長い建物で、明暦の大火(1657年)で焼失したと考えられます。礎石のうち、大きな石材は柱や壁を支え。

小さな石材は床を支える基礎と考えられます。

 

大隈重信邸跡

近代になるとこの地は、明治政府の厩が置かれましたが、明治9年には二度の総理に就任し、早稲田大学を創設するなど多方面に活躍した大隈重信が邸宅を構えます。

その後、フランス公使館、憲兵練習場、国営竹平住宅を経て現代を迎えます。

千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)


千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
千代田区役所(スタート)
清水門
清水門
清水門から日本武道館
清水門から日本武道館
清水門
清水門
清水門から千代田会館
清水門から千代田会館
清水門内階段
清水門内階段
清水門内
清水門内
只今の気象 東京(北の丸公園)
只今の気象 東京(北の丸公園)
只今の気象 東京(北の丸公園)
只今の気象 東京(北の丸公園)
清水門内
清水門内
清水門内
清水門内
北の丸公園
北の丸公園
国民公園協会(一財)皇居 外苑ザ・フォレスト北の丸
国民公園協会(一財)皇居 外苑ザ・フォレスト北の丸
北の丸公園
北の丸公園
北の丸公園
北の丸公園
ムクロジ(羽根つきの羽根の黒い玉)
ムクロジ(羽根つきの羽根の黒い玉)
ムクロジ(羽根つきの羽根の黒い玉)
ムクロジ(羽根つきの羽根の黒い玉)
メゾン北の丸
メゾン北の丸
北桔橋門
北桔橋門
皇居東御苑
皇居東御苑
東京近代美術館前
東京近代美術館前
東京近代美術館前
東京近代美術館前
乾濠
乾濠
皇居東御苑と天皇皇后両陛下
皇居東御苑と天皇皇后両陛下
天守台下
天守台下


江戸城跡
江戸城跡
江戸城跡
江戸城跡
キッコウチク
キッコウチク
ギンメイチク
ギンメイチク
オウゴンチク
オウゴンチク
竹林
竹林
シホウチク
シホウチク
皇居東御苑 石室
皇居東御苑 石室
皇居東御苑 富士見多聞
皇居東御苑 富士見多聞

江戸城 富士見多聞(たもん)

「多聞」は、長屋造りの防御施設です。

江戸城には多くの多聞がありましたが、現存するのは、この富士見多聞と、伏見櫓の左右にある多聞だけになりました。現在は富士見多聞は、江戸城の多くの建物が焼失した明暦の大火(1657年)の後、諸建物が再建された際に建てられたものと考えられます。「御休息所前多聞」とも呼ばれています。

皇居東御苑 富士見多聞
皇居東御苑 富士見多聞
皇居東御苑 富士見多聞
皇居東御苑 富士見多聞
午砲台跡
午砲台跡
☝富士見櫓・松の廊下跡 ☜三の丸尚蔵館・大手門
☝富士見櫓・松の廊下跡 ☜三の丸尚蔵館・大手門
松の廊下跡
松の廊下跡
松の廊下跡
松の廊下跡
松の廊下跡
松の廊下跡

松の大廊下跡

江戸城本丸には広大な御殿があり、この場所は「松の大廊下」がありました。襖戸に松と千鳥が描かれた長い畳敷きの廊下で、赤穂浪士討ち入りにつながったことで知られる、浅野内匠頭長矩の吉良上野介義央への刃傷事件(元禄14年(1701年)があった場所です。

事件を下敷きにして、「仮名手本忠臣蔵」をはじめ多くの舞台芸能、文学作品、映画、テレビドラマが生まれています。

松の廊下跡
松の廊下跡
松の廊下跡
松の廊下跡
クスノキ
クスノキ
富士見櫓
富士見櫓

富 士 見 櫓

「櫓」は、城の隅など重要箇所に造られる防御施設の役割をもった建物です。かつて江戸城には多くの櫓がありましたが、現存する櫓は、富士見櫓、伏見櫓、巽櫓の3つとなりました。

皇居東御苑
皇居東御苑
皇居東御苑 案内図
皇居東御苑 案内図
皇居東御苑二の丸庭園方面
皇居東御苑二の丸庭園方面
汐見坂
汐見坂
汐見坂
汐見坂
汐見坂
汐見坂

汐 見 坂

徳川家康による江戸城築城の頃は、この場所の近くにまで日比谷入江が入り込み、この坂から海を眺めることができたことから「汐見坂」の名が付いたといわれています。

この坂は、本丸と二の丸をつないでいたもので、坂上はには、汐見坂門が設けられています。

皇居東御苑二の丸庭園方面
皇居東御苑二の丸庭園方面
諏訪の茶屋
諏訪の茶屋
諏訪の茶屋から大手町を望む
諏訪の茶屋から大手町を望む
諏訪の茶屋
諏訪の茶屋

諏 訪 の 茶 屋

諏訪の茶屋は、元々、明治45年(1912年)に、皇居内の吹上地区に建てられたものです。

その場所に、江戸時代に諏訪社があったことから、諏訪の茶屋という名前が付いています。

昭和43年(1968年)に現在の場所に移築されました。

二の丸庭園
二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
皇居東御苑二の丸庭園
二の丸庭園
二の丸庭園
二の丸庭園
二の丸庭園
二の丸庭園
二の丸庭園
二の丸庭園
二の丸庭園



☜大手門 ☝平川門
☜大手門 ☝平川門
皇居東御苑二の丸 菖蒲田
皇居東御苑二の丸 菖蒲田

菖 蒲 田

この菖蒲田には、84品種のハナショウブが植えられています。皇居東御苑造成中の昭和41年(1966)に明治神宮御苑の菖蒲田から株を譲り受けて以来、大切に守り育てているものです。

花の見頃:6月上旬~中旬

アヤメの仲間の生育場所の違い

 

ハナショウブ

ハナショウブは、山野に自生するアヤメ科のノハナショウブをもとに改良された園芸品種です。

品種改良は江戸時代から盛んになり、改良された地域によって、江戸系、肥後系、伊勢系の三系統に大別され、ここには江戸系が植えられています。

🔶江戸系
 庭園などで群生の美しさを鑑賞するのに向き、風雨に強く、草丈の高いものが多いです。また、平咲きの花が多いのも特徴で多様な花形が見られます。
🔶肥後系
 金屏風の前で鑑賞するなど鉢植えに適し、大輪の豪華な花が多いのが特徴です。
🔶伊勢系
 鉢植え向きで、花弁が垂れ下がり、優美で繊細な花が多いのが特徴です。
ハナショウブ

アヤメ科の植物は、「いずれあやめかかきつばた」というように区別が難しい

ので、その違いを解説します。

 

アヤメの仲間の見分け方

カキツバタハナショウブノハナショウブアヤメイチハシ
undefined花期:5月中旬~下旬
外花被片の中央部に白斑があり、基部は帯黄色
undefined花期:5月下旬~6月下旬
外花被片の中央部に淡黄色の細い斑点
undefined花期:5月下旬~6月下旬
外花被片の中央部に淡黄色の細い斑点
undefined花期:5月上旬~中旬
外花被片の中央
から基部にかけて黄色の網状の模様
undefined花期:4月下旬~5月中旬
外花被片の上面中央にとさか状の突起
undefined幅が広く、中脈はないundefined幅は中位で、中脈が太いundefined幅が細く、太い中脈が目立つundefined幅が細く、中脈はあるが目立たないundefined幅が広く、中脈は目立たない
アヤメの仲間の見分け方
皇居正門石橋旧飾電燈
皇居正門石橋旧飾電燈
皇居正門石橋旧飾電燈
皇居正門石橋旧飾電燈
皇居正門石橋旧飾電燈
皇居正門石橋旧飾電燈
三の丸尚蔵館
三の丸尚蔵館
同心番所前
同心番所前
同心番所前
同心番所前
皇居東御苑管理事務所
皇居東御苑管理事務所
百人番所
百人番所

百 人 番 所

江戸城本丸への道を厳重に守る大手三之門に向き合って設けられた警備詰所です。

甲賀組、伊賀組、根来組、二十五騎組という。4組の鉄砲百人組が昼夜交替で勤務していました。各組は、20人の与力と、100人の同心で構成されていました。

 

 

三の丸尚蔵館・大手門
三の丸尚蔵館・大手門
同心番所
同心番所

同 心 番 所

「番所」とは警備詰所のことで、江戸城にあった番所のうち、百人番所、大番所、同心番所の3つが残っています。ここには主として「同心」と呼ばれる武士が詰め、登録者の監視に当たっていました。屋根瓦には、皇室の菊の御紋のあるものや徳川家の葵の紋があるものが見られます。

同心番所
同心番所
同心番所
同心番所
大手門方面
大手門方面
大手門方面

大手門方面
旧大手門渡櫓の鯱
旧大手門渡櫓の鯱
大手門
大手門

大 手 門

大手門は江戸城の正門で、諸大名がこの門から登城しまいた。大小2つの門に囲まれた枡形は、侵入する敵を阻止・攻撃し易い構造になっています。

大きい方の門は、昭和20年(1945年)4月の空襲で焼失し、昭和42年(1967年)に復元されました。

焼失前の門の屋根に飾られていた鯱には、頭部に『明暦三丁酉』(1657年)と刻まれています。

この明暦3年には、江戸城の多くの建物が焼失した明暦の大火が起きており、鯱は、大火の後、江戸城再建時に製作されたものと考えられます。

大手門

大手門
大手門

大手門