クレアパーク(スタート)→1番妙善寺(毘沙門天)→仙波河岸史跡公園(教室)→2番天然寺(寿老人)→3番喜多院(大黒天)→4番成田山(恵比寿天)→5番蓮馨寺(福禄寿神)→三芳野神社(昼飯)→川越氷川神社→6番見立寺(布袋尊)→7番妙昌寺(弁財天)→クレアパーク(ゴール)

川越わくわくウオーキング教室 NPO法人埼玉ウオーキング協会 小江戸川越ウオークⅤ ・川越七福神 ・仙波河岸史跡公園 ・氷川神社

川越わくわくウオーキング教室
NPO法人埼玉ウオーキング協会
小江戸川越ウオークⅤ
・川越七福神
・仙波河岸史跡公園
・氷川神社

クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
クレアパーク(スタート)
川越市脇田町10
川越市脇田町10
川越市脇田町
川越市脇田町
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)

毘沙門天 善國寺

1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)
1番妙善寺(毘沙門天)

小江戸川越七福神

(みょう)善寺(ぜんじ)(天台宗)菅原町9-6

第一番 毘沙門天(びしゃもんてん)

毘沙門天は仏教の守護神

で、多聞天ともよばれてい

ます。鎧、兜に身を包み、

左手に持つ宝塔から宝物を

授け、右手の鉾で邪を払う

という、物心共々の福を施

す神であります。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        女郎花(おみなえし)

手にとれば袖さへ匂ふ女郎花

この白露に散らまく惜しも

                   山上憶良

オミナエシのオミナは女

で、姿のやさしさを現した

名。根は漢方で敗醤といい

利尿、解毒に用います。

花言葉―美人

1番妙善寺(毘沙門天)周辺
1番妙善寺(毘沙門天)周辺
仙波河岸史跡公園(教室)
仙波河岸史跡公園(教室)
仙波河岸史跡公園(教室)
仙波河岸史跡公園(教室)

仙波河岸史跡公園

公園を利用される皆さんへ

この公園は、むかし「仙波河岸」という河岸場があった跡地を整備したものです。

だれでもが気持ちよく楽しく利用できるよう、次のことを守りましょう。

1.公園の花や木は、大切にしましょう

2.ゴミくずや空きカンなどは、散らかさずに持ち帰りましょう。

3.みんなで注意し合ってケガのないように遊びましょう。

4.犬の糞は絶対に捨てないよう袋に入れて持ち帰りましょう。

5.犬の放し飼いは禁止します。

6.公園内でたき火、打ち上げ花火、その他の火気を扱い周囲に迷惑を及ぼす行為は禁止します。

7.公園内へのオートバイ、自転車の乗り入れは禁止します。

8.付近に迷惑を及ぼすボール遊びは禁止します。

9.植物などを守るため、ロープ柵の中にははいらないようにしましょう。

公園内で見られる植物

園内には下記のような植物が見られます。静かに観察しましょう。

 

 

 

カワヂシャ

ゴマノハグサ科

タコノアシ

ユキノシタ科

ミクリ

ミクリ科

葉はチシャ(レタスの仲間)に似て、若葉は食べられます。初夏に小さな白い花をたくさん咲かせます。

晩夏につく花の穂は数本に分かれ、黄白色の花が片側につき、タコの足を連想させるので、この名がつきました。

緑色のいが状の実が栗を連想させるので、この名がつきました。茎は(すだれ)に、根は漢方薬にされます。

出典:川越市都市計画部公園整備課

公 園 管 理 事 務 所
仙波河岸史跡公園(教室)
仙波河岸史跡公園(教室)

仙波河岸のむかし

むかしこの場所には「仙波河岸」という河岸場がありました。仙波河岸ができたのは明治の初めごろのことです。

これまでにも新河岸川の下流にはすでに数箇所の河岸場があり、江戸と川越の間を船を使って物品を運んでいました。これが「新河岸川舟運」と言われているものです。

仙波河岸は新河岸川の最も上流に位置し一番新しくできた河岸場です。

しかし、明治の中ごろから東京との間に鉄道が整備されはじめました。また、大正時代には新河岸川の改修工事が始まり、昭和の初めには新河岸舟運も終わりをむかえました。

下の写真は仙波河岸に荷船が並んでいる様子を写した明治時代後期の写真です。

 

2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)

小江戸川越七福神

天然寺(天台宗)小仙波町1-10-10

第二番 寿老人

寿老人は中国の神様で老人星の化身、福禄寿と同体異名であるといわれ、富財、子宝、諸病平癒とご利益は多岐にわたっており、特に長寿の神として信仰されております

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        桔梗

桔梗の花咲く時く時ぽんと言ひそうな

                   千代女

秋の七草の朝顔は桔梗をいいます。根にはサポニンが大量に含まれており、去痰剤として薬用に用いています。。

花言葉―変わらぬ愛

2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)

木造大日如来坐像

(市指定・彫刻)

像高159.8㎝、寄木造(よせぎづくり)(ちょう)(がん)(しっ)(ぱく)、胸前で智奉印(ちけんいん)結跏趺坐(けっかふざ)する。

頭部内刳(うちぐり)部に建武2年(1335)、体部背板に永禄13年(1570)の修理銘がある。

様式・形制から1112世紀頃の造立と考えられる。後補の部分が多く、面部も大幅に削り直しを受けているが、市内に現存する仏像としては、最も古い作例の一つである。

平成4416日指定

出典:川越市教育委員会

2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)
2番天然寺(寿老人)

(すい) (きん) (くつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空洞に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

(すい) (きん) (くつ)

(いや)し」

 

竹筒に耳をあて

滴の奏でる

癒しの音色を

お楽しみください。

3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)

小江戸川越七福神

喜多院(天台宗)小仙波町1-20-1

第三番 大黒天

大黒天は古代インドの神様で、密教では大自在天の化身、生産の神様です。くろ(黒)くなってまめ(魔滅)に働いて大黒天を拝むと、財宝糧食の大福利益が得られます。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草       

しら露もこぼさぬ萩のうねり哉

                   芭蕉

萩の名は古い株から芽を出す生え芽(ぎ)から出たといわれ、山萩の別名です。山野に多く、七~九月に紅柴色の蝶形花を開きます。

花言葉―想い

 

3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)

拝観案内(三代将軍家光公誕生の間

三代将軍家光公誕生の間

春日局(かすがのつぼね)の化粧の間

五百羅漢(らかん)

拝観事務所にて受付の上ご参拝下さい。

拝観時間

3/111/23

8:5016:30

11/24~㋁末日

8:5016:00

※日・祝は閉館時間を20分延長

拝観休業日

12/251/8

2/22/3 4/24/5 8/16

その他特別行事の時

3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)

(すい) (きん) (くつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空洞に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)

喜多院 多宝塔

境内にそびえる朱色の多宝塔

寛永16年(1639/江戸時代)に建造され、現在埼玉県の有形文化財に指定されています。

この多宝塔は、江戸時代の大工棟梁「平内(へいのうち)政信(まさのぶ)」が建造。平内政信は、全5巻からなる木割書「匠明」を著した人物で、喜多院多宝塔以外に、和歌浦天満宮(和歌山市)や輪王寺常行堂(日光市)なども建造しています。

現在は、本堂の斜め前に建てられている多宝塔ですが、もともとは山門前にある「白山権現」と「日枝神社」の間の古墳上に建てられていました。その後、2度の移築をし現在地にあります。

江戸時代初期の多宝塔の特徴が表れ、境内で一際鮮やかで目を引きます。喜多院を訪れた際は、是非みておきたい建物の1つです。

出典:カワゴエール

3番喜多院(大黒天)
3番喜多院(大黒天)

喜多院 慈恵堂

埼玉県川越市にある天台宗の寺院。山号は星野山(せいやさん)。良源(慈恵大師、元三大師とも)を祀り川越大師の別名で知られる。建物の多くが重要文化財に指定され、寺宝にも貴重な美術工芸品を多く有する。広大な境内は池や掘を廻らせた景勝地となっている。13日の初大師(だるま市)、節分、長月護摩講塔、七五三、菊祭りなど諸行事はむろん、四季折々の行楽客で賑わう。境内にある五百羅漢の石像も有名である。毎年、正月三が日の初詣には埼玉県内の寺院の中では最も多い約40万人の参拝客が訪れる。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

川越市小仙波町1丁目
川越市小仙波町1丁目
4番成田山(恵比須天)
4番成田山(恵比須天)
4番成田山(恵比須天)
4番成田山(恵比須天)
4番成田山(恵比須天)
4番成田山(恵比須天)

小江戸川越七福神

成田山(真言宗)久保町9-2

第四番 恵比須天(えびすてん)

恵比須天様は「福の神」の代

表で、農村では、田の神、

街では市神、福利を招く神

として、鯛を抱いた福々し

い相好でなじみ深く、人々

から深い信仰が寄せられて

います。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        (なで) (しこ)

なでしこが花見る毎にをとめらが

ゑまひのにほひ思ほゆるかも

                   万葉集巻十八

河原撫子は河原辺に生え

るかれんな花の意味で、美

しい淡紅色の花を開かせま

す。

花言葉―貞節

 

4番成田山(恵比須天)
4番成田山(恵比須天)
川越 熊野神社
川越 熊野神社

川越 熊野神社

室町時代に紀州熊野本宮大社から分祀された開運・縁結びの神社。境内には、本殿や拝殿、神楽殿の他、歌碑がある。

出典:熊野神社

川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社
川越 熊野神社 水子地藏
川越 熊野神社 水子地藏

水 子 地 蔵 尊

この世の光を見ずして逝った胎児や、生まれて間もなく亡くなった子供を、俗に水子(みずこ)と云いますが、そうした(さち)(うす)い子等は、今の世にどれ程多いことでしょう。やる方ない悲しい思いを持つ方々はどうかこのお地蔵様に祈って、水子の冥福と己が罪障の消滅を念じて下さい、薄命不憫な子等をお救い下さるのが水子地蔵尊です。

当山

 

5番蓮馨寺(福禄寿神)
5番蓮馨寺(福禄寿神)

小江戸川越七福神

(れん)馨寺(けいじ)(浄土宗)連雀町7-1

第五番 (ふく)(ろく)寿(じゅ)(じん)

福禄寿神とは幸福、高禄

長寿の三徳を具えて人に与

える方で、右手に霊芝、左

手に神亀を持ち、癌や脳卒

中を治しなさい。そうすれ

ば福禄寿が得られますと教

えています。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        () (ばな)(すすき)

山は暮れて野は黄昏の芒かな             蕪村

ススキは穂が獣の尾のよ

うな形をしているので尾花

ともいいます。又すくすく

と立つ木の意でススキとい

われました。

花言葉―勢力、活力

 

5番蓮馨寺(福禄寿神)
5番蓮馨寺(福禄寿神)
川越市仲町
川越市仲町
時の鐘
時の鐘

時の鐘

時の鐘は、埼玉県川越市の中心部、幸町北部の蔵造りの街並みに建てられている鐘楼。建物は、川越市指定有形文化財に指定されている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

川越スカラ座
川越スカラ座

川越スカラ座

前身は1905年(明治38年)に開業した寄席「一力亭」。その後、1907年(明治40年)に「おいで館」、1921年(大正10年)に「川越演芸館」と改称し営業を継続したが、戦後の1945年(昭和20年)に松竹の封切館「川越松竹館」として再建。1963年(昭和38年)に現館名に改称。「シアターホームラン」(旧:ホームラン劇場)と共に川越市内を代表する映画館として市内の映画ファンに親しまれた。

2000年代に入り、埼玉県内の主要都市にシネマコンプレックスが多数開業し、経営的にも苦戦を強いられる。さらには経営者の高齢化も逆風となり、ライバル館だった「シアターホームラン」が閉館(20062月)に追い込まれた13ヵ月後の2007年(平成19年)527日を最後に、しばらくの休館を余儀なくされる。しかし、この劇場で上映会を行った経験を持つ特定非営利活動法人「プレイグラウンド」に経営が譲られ、賛助会員を募って同年818日、500万円の出資金で再オープンを果たす。

 

現在はミニシアター向きの作品を中心に上映する一方、俳優や映画監督を招いての舞台挨拶やトークショーなどの催しも行う“市民映画館”として営業を続けている。定員124人。

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川越城 本丸御殿
川越城 本丸御殿

川越城 本丸御殿

川越城は、埼玉県川越市にある日本の城。江戸時代には川越藩の藩庁が置かれた。別名、初雁城、霧隠城。関東七名城・日本100名城。通常、川越城の名称を表記する場合、中世については河越城、近世以降は川越城と表記されることが多い。

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三芳野神社(昼飯)
三芳野神社(昼飯)

三芳野神社

三芳野神社は、埼玉県川越市郭町の神社。童歌「通りゃんせ」はこの神社の参道が舞台といわれる。川越城築城以前から当地にあったが、太田道真・太田道灌父子による川越城築城により城内の天神曲輪に位置することになった。平成元年に大修理が行われ、平成4年に完成。埼玉県指定文化財。

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三芳野神社(昼飯)
三芳野神社(昼飯)

大楠に関するご説明

江戸期に建立された三芳野神社社殿は修復時の時期を迎え、去る平成4年に第1期修復工事が竣功、平成27年より第2期の修復工事を行うこととなりました。

今期の修復に当たり、社殿並びに創建当時よりの石組の排水溝が大楠の根によって持ち上げられ、旧態を留めることが困難になっていることを鑑み、関係各位と協議し、やむなく大楠を伐採することとなりました。

これも川越の先人方の志を継ぎ、社殿を保全するためでございますので、皆様方のご理解をお願い申し上げる次第でございます。

出典:三芳野神社社務所

川越氷川神社
川越氷川神社

川 越 氷 川 神 社

氷川神社は、埼玉県川越市宮下町にある神社。太田道灌以来、川越の総鎮守とされ歴代川越藩主の篤い崇敬を受けた。 国の重要無形民俗文化財である川越まつりは毎年1014日に氷川神社にて斎行される「例大祭」、直後に行われる「神幸祭」や「山車行事」から成り立っている。

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川越氷川神社
川越氷川神社
川越氷川神社
川越氷川神社
川越氷川神社
川越氷川神社
川越市元町2丁目7
川越市元町2丁目7
6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)

小江戸川越七福神

見立寺(浄土宗)元町2-9-11

第六番 布袋(ほてい)(そん)

布袋尊は唐の弾僧で名は

契此といいました。小柄で

太鼓腹。大きな袋を背負っ

て放浪し福徳を施したとい

い、世人は弥勒菩薩の化身

ともいって尊びました。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

 

秋の七草        (くず)

山は辺ににほひし葛の房花は

藤波よりもあはれなりけり

斎藤茂吉        

    

葛は昔大和の国・栖(くず)の人がくず粉を売り出したので出た名といわれ、根から葛粉がとれます。又、葛根湯は風邪薬になります。

花言葉―根気、努力

6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)
6番見立寺(布袋尊)

旅立ちの法然さま

(十三才当時のお姿)

美作(みまさかの)(くに)(岡山県)武家に生まれた浄土宗の宗祖法然上人は、9歳の時父を夜襲で失いました。

その時の遺言は「(なんじ)、決して敵を討つ事なかれ、出家して悟りの道に進むべし。」というものでした。

そして四年間岡山で仏教の基礎を学び、その後本格的に仏道を進んで行く為、京都の比叡山へ旅立つことになったのです。

「誰もが平等に救われる

仏の教えを見つけたい」

その一歩を踏み出す、

その時のお姿です。

7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)

小江戸川越七福神

(みょう)昌寺(しょうじ)(日蓮宗)三光町29

第七番 弁財天(べんざいてん)

弁財天さまは、七福神唯一の女神で、弁舌、芸術、財福、延寿を授ける神として、古くから、商人や芸人などの幅広い人々の信仰を集めており、運を開き、福を招く女神です。

 

小江戸川越七つの音風景

水琴窟(すいきんくつ)

水琴窟は江戸時代初期の茶人、小堀遠州が考えた排水装置「洞水門」から発祥したといわれています。

甕(かめ)の底に溜まった水面に水滴が落ちると、甕の空間に反響する音色が琴に似ていることから「水琴窟」と呼ばれるようになりました。

 

7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)
7番妙昌寺(弁財天)

経ヶ嶋辯財天

室町時代、時の地頭が小石に法華経を書写し、塚を築いて辯財天をまつって守護神としたのが始まりです。

江戸時代、長録元年に、太田道灌公が川越城を築城する際、辯財天の社が川越城の裏鬼門に向いていたことから、鬼門除けの守護神として尊崇(信仰)厚かったと伝えられています。

当社はその昔、螢の名所としても知られていました。

(昭和24年 川越市史跡より)

辨天財に寄せられた和歌(江戸時代)

・宝をもうち出す神の徳ゆへか

つちのとの巳にまつる御社

阪 月

・弁天の(よう)(こう)なれや燕子花(かきつばた)

池のおもても紫の雲

茂 躬

・この神の恵みに茂れ(へび)()盆子(ちご)

如 松

 

川越市新富町2丁目29
川越市新富町2丁目29
クレアパーク(ゴール)
クレアパーク(ゴール)