小金井公園(スタート)→鈴木町→(多摩湖自転車道)→小平ふるさと村→あじさい公園→小平駅南口→八坂駅→(府中街道)→九道の辻公園→(野火止用水)→明治学院中学→東村山高校→野火止用水(伊豆殿堀)→東野火止橋→野火止橋→青梅橋→(野火止緑道)→東京都薬用植物園→(玉川上水)→小川橋→新小川橋→小平中央公園→久右衛門橋→小平桜橋→喜平橋→三小前→茜屋橋→貫井橋→小金井橋→小金井公園(ゴール)

第22回ウオーキングフェスタ東京
サクラ20㎞

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スライドショー(第22回ウオーキングフェスタ東京サクラ20㎞ 2017.04.30(日))
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井街道
小金井街道
多摩湖自転車道
多摩湖自転車道
多摩湖自転車道
多摩湖自転車道
小平駅南口
小平駅南口
多摩湖自転車道
多摩湖自転車道
都立東村山中央公園
都立東村山中央公園
都立東村山中央公園
都立東村山中央公園
野火止用水
野火止用水
小金井公園
小金井公園
野火止用水(こぶし通り)
野火止用水(こぶし通り)
野火止水緑地
野火止水緑地
野火止用水
野火止用水
野火止用水緑道
野火止用水緑道
こもれびの足湯
こもれびの足湯
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水

清流の復活 ―玉川上水―

玉川上水は、約330年前(承応2~3年)江戸の飲料水供給のために作られた上水路です。

この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的を果たす以外に、武蔵野台地の各地に分水され、飲料水・かんがい用水・水車の動力として武蔵野の開発に大きな役割を果たしました。

近年まで、この上水路はそのまま淀橋浄水場への導水路として使われていましたが、新宿副都心計画による淀橋浄水場の廃止に伴い、昭和40年以降小平監視所より下流については、水がとだえていました。

しかし、このたび東京都の清流復活事業により、野火止用水に続き玉川上水にも清流がよみかえりました。

19868

出典:小金井市

 

清流復活事業とは

東京都では、都民が水辺に親しむことができるように、せせらぎの水音が聞こえ、周辺のみどりとともに目で見て楽しむことができるような清流復活をめざしています。

この玉川上水に流れている清流は、多摩川上流処理場の処理水をさらに砂ろ過したものを利用しています。

出典:東京都環境局自然環境部

 

小金井公園
小金井公園

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路

小金井公園(スタート)→桜橋→けやき橋西→三鷹駅南→太宰治の墓→禅林寺→三鷹市八幡前→大成高校前→三鷹警察署→三鷹市役所→ビックカメラ→諏訪神社前→北ノ台小入口→調布市総合体育館→深大寺→深大寺入口→大沢橋→龍源寺→野川公園→自動車学校→小金井警察署→(小金井街道)→茜屋橋→小金井橋→小金井公園(ゴール)

ハナミズキ20㎞

第22回ウオーキングフェスタ東京
ハナミズキ20㎞

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スライドショー(第22回ウオーキングフェスタ東京ハナミズキ20㎞ 2017.04.29(土))
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水

清流の復活 ―玉川上水―

玉川上水は、約330年前(承応2~3年)江戸の飲料水供給のために作られた上水路です。

この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的を果たす以外に、武蔵野台地の各地に分水され、飲料水・かんがい用水・水車の動力として武蔵野の開発に大きな役割を果たしました。

近年まで、この上水路はそのまま淀橋浄水場への導水路として使われていましたが、新宿副都心計画による淀橋浄水場の廃止に伴い、昭和40年以降小平監視所より下流については、水がとだえていました。

しかし、このたび東京都の清流復活事業により、野火止用水に続き玉川上水にも清流がよみかえりました。

19868

出典:小金井市

 

清流復活事業とは

東京都では、都民が水辺に親しむことができるように、せせらぎの水音が聞こえ、周辺のみどりとともに目で見て楽しむことができるような清流復活をめざしています。

この玉川上水に流れている清流は、多摩川上流処理場の処理水をさらに砂ろ過したものを利用しています。

出典:東京都環境局自然環境部

 

玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水

清流の復活 ―玉川上水―

玉川上水は、約330年前(承応2~3年)江戸の飲料水供給のために作られた上水路です。

この上水は、江戸市中への飲料水の供給という本来の目的を果たす以外に、武蔵野台地の各地に分水され、飲料水・かんがい用水・水車の動力として武蔵野の開発に大きな役割を果たしました。

近年まで、この上水路はそのまま淀橋浄水場への導水路として使われていましたが、新宿副都心計画による淀橋浄水場の廃止に伴い、昭和40年以降小平監視所より下流については、水がとだえていました。

しかし、このたび東京都の清流復活事業により、野火止用水に続き玉川上水にも清流がよみかえりました。

19868

出典:小金井市

 

清流復活事業とは

東京都では、都民が水辺に親しむことができるように、せせらぎの水音が聞こえ、周辺のみどりとともに目で見て楽しむことができるような清流復活をめざしています。

この玉川上水に流れている清流は、多摩川上流処理場の処理水をさらに砂ろ過したものを利用しています。

出典:東京都環境局自然環境部

 

玉川上水
玉川上水
玉川上水
玉川上水
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
八幡大神社
八幡大神社
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
東京都道121号武蔵野調布線
神代植物公園
神代植物公園
神代植物公園
神代植物公園
深大寺
深大寺
深大寺入口
深大寺入口
深大寺入口
深大寺入口
野川に向かう
野川に向かう
野川に向かう
野川に向かう
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
花水木(ハナミズキ)
花水木(ハナミズキ)
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
野川沿いを歩く
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井街道
小金井公園
小金井公園

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路

クレアパーク(スタート)→ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場→いなげや→新河岸駅→氷川神社→新河岸川→仙波河岸史跡公園→川越駅(ゴール)

小江戸川越ウオークⅢ
・仙波河岸史跡公園
・初雁公園

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スライドショー(小江戸川越ウオークⅢ・仙波河岸史跡公園・初雁公園2017.04.26(水))
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
ウエスタ川越
ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
クレアパーク→ウエスタ川越
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
ウエスタ川越→岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場
岸町健康ふれあい広場→いなげや
岸町健康ふれあい広場→いなげや
いなげや
いなげや
新河岸駅
新河岸駅
新河岸駅→氷川神社
新河岸駅→氷川神社
氷川神社
氷川神社
新河岸川
新河岸川
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園

川越市指定史跡新河岸川河岸場跡

今から三百余年まえ川越城主松平伊豆守信綱がもと内川いった荒川の支流。新河岸川を改修して川越と江戸間の船運を開いた。当初は年貢米を主としたが、のち貨客の輸送がふえて旭橋を中心に上下新河岸、牛子、扇、寺尾の五河岸には船問屋、商家が軒を並べ、日夜発着の船が絶えなかった。また、その部資を運搬する車馬の出入りも多く賑わいを極めた。しかし鉄道の開通により次第に衰微に傾き、いわゆる九十九曲り三十里の舟歌もすべて昔の語り草となった。

新河岸川舟唄

〽 九十九曲り エー 仇では越せぬ

遠い水路の 三十里

〽 押せよ押せ押せ エー 二挺櫓で押せよ

 押せば千住が 近くなる

〽 着いた着いたよ エー 新河岸橋へ

 主もでてとれ おもてもや

新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園

市指定・史跡
新河岸川河岸場跡

新河岸川船運の歴史は、寛永十五年(1638)川越仙波にあった東照宮が火災で焼け川越藩がその再建用資材を江戸から運ぶのに新河岸川を利用したことに始まるといわれる。

翌寛永十六年、川越城主となった松平信綱は、もと内川といった荒川の支流、新河岸川を本格的に改修、水量を確保して川越―江戸間の舟運体制を整えた。

旭橋を中心に、上新河岸、下新河岸、扇河岸、牛子河岸、寺尾河岸、の五河岸沿には船問屋商家が軒を並べ、さらに下流には古市場、福岡、百目木、伊佐島、本河岸、前河岸、志木河岸、宮戸河岸などが開設され明治維新まで繁栄が続いた。

当初は川越藩の年貢米運搬が主だったが、後一般商品も多く運ばれるようになり(江戸行―醤油・綿実・炭・材木・川越―油・反物・砂糖・塩・荒物・干鰯等)舟運を更に発展させた。

現在も周辺には元禄年間の「そうめん蔵」や水神宮、また明治三年建造の船問屋伊勢安の店構えなどがあり、往時を偲ばせている。

昭和五十五年十一月

出典:川越市教育委員会

    

新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
新河岸川→仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園

仙波河岸のむかし

むかしこの場所には「仙波河岸」という河岸場がありました。仙波河岸ができたのは明治の初めごろのことです。

これまでにも新河岸川の下流にはすでに数箇所の河岸場があり、江戸と川越の間を船を使って物品を運んでいました。これが「新河岸川舟運」と言われているものです。

仙波河岸は新河岸川の最も上流に位置し一番新しくできた河岸場です。

しかし、明治の中ごろから東京との間に鉄道が整備されはじめました。また、大正時代には新河岸川の改修工事が始まり、昭和の初めには新河岸舟運も終わりをむかえました。

下の写真は仙波河岸に荷船が並んでいる様子を写した明治時代後期の写真です。

 

仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園
仙波河岸史跡公園

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路

小金井公園(スタート)→東小金井→神代植物公園→深大寺→野川公園→東小金井(ゴール)

武蔵野の新緑をめぐる観歩(ウオーキング)

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スライドショー(武蔵野の新緑をめぐる観歩(ウオーキング)2017.04.25(火))
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園
小金井公園→東小金井
小金井公園→東小金井
小金井公園→東小金井
小金井公園→東小金井
東小金井
東小金井
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
東小金井→神代植物公園
神代植物公園
神代植物公園
神代植物公園
神代植物公園
神代植物公園→深大寺
神代植物公園→深大寺
神代植物公園→深大寺
神代植物公園→深大寺
神代植物公園→深大寺
神代植物公園→深大寺
深大寺
深大寺
深大寺→野川公園
深大寺→野川公園
深大寺→野川公園
深大寺→野川公園
深大寺→野川公園
深大寺→野川公園
野川公園
野川公園
野川公園
野川公園

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路

高尾山口駅前(スタート)→1号路→4号路→高尾山頂(昼食)→5号路(南)→ふじ道→ケーブルカー高尾山駅(ゴール)

高尾山ハイキングガイドツアー
「若葉の高尾山探訪」

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スライドショー(高尾山ハイキングガイドツアー「若葉の高尾山探訪」2017.04.21(金))
高尾山コースマップ
高尾山コースマップ
高尾山口駅前
高尾山口駅前
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)
甲州街道(国道20号)

県道515号線通行止めの為、止む無く

スタート地点高尾山口駅に戻る!

清滝駅
清滝駅
ケーブルカー高尾山
ケーブルカー高尾山
ケーブルカー高尾山
ケーブルカー高尾山
高尾山駅
高尾山駅
かすみ台展望台
かすみ台展望台
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース

たこ杉(蛸杉)

所在地 八王子市高尾町(高尾山参道十一丁目)

指定年月日 昭和三十九年七月二十三日

高さ三十七メートル、目通り幹周囲約六メートル、樹齢およそ四百五十年の大杉で高尾山内にある都指定の飯盛杉に次ぐ大木である。

「蛸杉」 とは、「昔参道開さくの際、磐根がわだかまって工事の邪魔になるところから伐採しようとしたら、一夜にして根が後方に曲折した」 との伝説とその根が 「たこの足」 に似ているところから呼ばれるようになったものである。

出典:昭和53年3月31日 八王子市教育委員会

一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
一号路 表参道コース
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
高尾山頂
6号路
6号路
6号路
6号路
6号路
6号路

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路

五香駅(スタート)→金ケ作公園→しょうぶ公園→八柱駅→内海道公園→松戸新京成バス紙敷定期券発売所→東松戸中央公園→ ゆいの花公園→串崎公園→五香駅(ゴール)

~桜の開花を待ちわびて
桜前線をめぐる道~

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スライドショー(~桜の開花を待ちわびて桜前線をめぐる道~2017.04.20(木))
~桜の開花を待ちわびて桜前線をめぐる道~
~桜の開花を待ちわびて桜前線をめぐる道~
~桜の開花を待ちわびて桜前線をめぐる道~

~桜の開花を待ちわびて桜前線をめぐる道~
サンロード五香商店街
サンロード五香商店街
サンロード五香商店街
金ケ作公園

金ケ作公園
金ケ作公園
けやき通り
しょうぶ公園
さくら通り
さくら通り
さくら通り
さくら通り
内海道公園
内海道公園
内海道公園

内海道公園
ゆいの花公園
ゆいの花公園
ゆいの花公園
ゆいの花公園

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路

行幸通 JR東京駅 丸の内中央口 3分(スタート)→和田倉噴水公園→和田倉→富士見櫓→皇居外苑→二重橋→桜田門→旧江戸城 外桜田門→警視庁→内堀通り→国会前庭→井伊掃部頭邸跡(前 加藤清正邸)→国会議事堂→首相官邸→三宅坂小公園→国立劇場→千鳥ヶ淵→戦没者墓苑→武道館→北の丸公園→靖国神社→皇居東御苑→皇居東御苑 石室→皇居東御苑 富士見多聞→皇居東御苑 富士見櫓→大手門→和田倉噴水公園(ゴール)

2017年4月19日水曜日 かもめウオ-ク『陽春の皇居周辺散策』 10km

かもめウオ-ク

『陽春の皇居周辺散策』 10km

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スライドショー(かもめウオ-ク『陽春の皇居周辺散策』 10km 2017.04.19(水))
行幸通 JR東京駅 丸の内中央口 3分
行幸通 JR東京駅 丸の内中央口 3分
行幸通 JR東京駅 丸の内中央口 3分
和田倉噴水公園
和田倉
富士見櫓
皇居外苑
皇居外苑
二重橋
桜田門
旧江戸城 外桜田門

旧江戸城 外桜田門

重要文化財(建造物)指定昭和3667

現在この門は桜田門と呼ばれますが、正式には外桜田門といい、本丸に近い内桜田門(桔梗門)に対してこの名が付けられました。古くこの辺りを桜田郷(さくらだごう)と呼んでいたことに由来します。

外側の高麗門(こうらいもん)と内側の渡櫓門(わたりやぐらもん)の二重構造からなり、外桝形(そとますがた)という防御性の高い城門で、西の丸防備のため異例の大きさで造られました(三二〇坪)。建築されたのは寛永年間(一六二四~四四)とされ、現存する門は寛文三年(一六六三)に再建された門がもとになっています。大正十二年(一九二三)の関東大震災で破損し、復元されました。

万延元年(一八六〇)三月三日、この門外で大老井伊直弼が水戸藩脱藩士に暗殺されました(桜田門外の変)。

警視庁
国会前庭
井伊掃部頭邸跡(前 加藤清正邸)
国会議事堂
首相官邸
三宅坂小公園
国立劇場
千鳥ヶ淵
戦没者墓苑
戦没者墓苑
戦没者墓苑
武道館
北の丸公園
北の丸公園
北の丸公園
北の丸公園
靖国神社
靖国神社
北桔橋門
北桔橋門
皇居東御苑
皇居東御苑
皇居東御苑
石室
皇居東御苑 石室

石室(皇居東御苑)

この場所は江戸城本丸御殿の大奥の脇に当たります。石室の用途は諸説ありますが。火事などの非常の際に、大奥用の稠度などの避難場所と考えられています。

 

皇居東御苑 富士見多聞

江戸城 富士見多聞(たもん)

「多聞」は、長屋造りの防御施設です。

江戸城には多くの多聞がありましたが、現存するのは、この富士見多聞と、伏見櫓の左右にある多聞だけになりました。現在は富士見多聞は、江戸城の多くの建物が焼失した明暦の大火(1657年)の後、諸建物が再建された際に建てられたものと考えられます。「御休息所前多聞」とも呼ばれています。

   

皇居東御苑 富士見櫓
大手門
大手門

江戸城 三ノ丸大手門

大手門は江戸城の正門で、諸大名がこの門から登城しました。大小2つの門に囲まれた枡形は、侵入する敵を阻止・攻撃し易い構造になっております。大き方の門は、昭和20年(1945年)4月の空爆で焼失し、昭和42年(1967年)に復元されました。焼失前の門の屋根に飾られていた鯱には、頭部に「明暦三丁酉」(1657年)と刻まれています。この明暦3年には、江戸城の多くの建物が焼失した明暦の大火が起きており、鯱は、大火の後、江戸城再建時に製作されたものと考えられます。

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マイナスイオンたっぷり!

西丹沢県民森コース

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スライドショー(マイナスイオンたっぷり!西丹沢県民森コース2017.04.15(土))
新松田駅
新松田駅
バス
バス
玄倉バス停
玄倉バス停
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
小川谷出合→ヤヒチ沢
西丹沢県民の森
西丹沢県民の森
西丹沢県民の森(東屋)
西丹沢県民の森(東屋)
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
ヤヒチ沢→小川谷出合
玄倉バス停
玄倉バス停
バス
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新松田駅
新松田駅

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浦和駅東口パルコ前広場(JR京浜東北線浦和駅東口)→駒場運動公園→駒場運動公園内→松芝公園→見沼氷川公園→氷川女体神社 鳥居→氷川女体神社→さいたま電神まつり→見沼大用水西線→与野駅東口(JR京浜東北線)

YRコースを歩こう
「新都心とふる里コース」

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スライドショー(YRコースを歩こう「新都心とふる里コース」2017.04.12(水))
浦和駅東口パルコ前広場(JR京浜東北線浦和駅東口)
浦和駅東口パルコ前広場(JR京浜東北線浦和駅東口)
駒場運動公園内
駒場運動公園内
駒場運動公園
駒場運動公園
見沼自然公園 桜.
見沼自然公園 桜.
見沼氷川公園
見沼氷川公園
氷川女体神社 鳥居
氷川女体神社 鳥居
氷川女体神社
氷川女体神社
松芝公園道路側
松芝公園道路側
松芝公園
松芝公園
さいたま電神まつり会
さいたま電神まつり会

この竜神社には、さいたま市の竜伝説に因んだ竜神様が御座します。

かつて広大な沼であった見沼の辺のここは武蔵一宮氷川女體神社には、長年に亘り、神輿を乗せた船を沼の最も深い所に繰り出し、沼の主である竜神様を祭る祭祀『御船祭』を執り行ってまいりました。享保十二年(1727)八代将軍吉宗公の政策で見沼は干拓され「見沼田んぼ」となってからこのお祭りは『磐船祭』として今尚続けられております。

遺跡によれば御船祭は十四世紀からおこなわれていたとも推定されます。

世界最古の閘門式運河ともいわれる見沼通船堀など、見沼には数々の歴史財産が秘められております。見沼を中心としてさいたま市内に点在する数多くの竜神伝説もその一つと言えます。見沼代用水から西へと引いた高沼用水、その二つの灌漑用水で田畑を耕す地域と見沼に関わる地域はほぼさいたま市全域に及んでいます。

さいたま竜神まつり会は『文化と歴史を活かした誇りのもてるまちづくり』を目的として平成十三年(2001)五月に約50mの巨大な昇天竜を製作し『竜神まつり』を開催致しました。

出典:さいたま竜神まつり会

見沼大用水西線 桜
見沼大用水西線 桜
見沼大用水西線 桜
見沼大用水西線 桜
見沼大用水西線 桜
見沼大用水西線 桜
与野駅東口(JR京浜東北線)
与野駅東口(JR京浜東北線)

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湧水代官水(スタート)→城山公園→わくわくどーむ→黒目川→新座大橋→市場坂橋(旧橋)→朝霞市中央公園(ゴール)

桜散策(黒目川遊歩道周辺)
ウオーキング

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スライドショー(桜散策(黒目川遊歩道周辺)ウオーキング2017.04.10(月))
湧水代官水
湧水代官水

朝霞市指定天然記念物

『湧水代官水』

指定年月日

平成2291

1.位置

朝霞市の中央部よりやや東に位置し、現在の住居表示では岡三丁目にあります。

最寄り駅の東武東上線朝霞駅からは北へ約1.3㎞の位置にあります。

2.由来

江戸幕府により編纂された「新編武蔵風土記稿」の岡村の項の記述には、小名

として「代官水」の名称が記載されており、江戸時代後期には、「代官水」と呼ば

れた地域が岡地域に存在していたことが推測されます。また、本湧水は、昔から

灌漑用水などとして地域の人々に「代官水」と呼ばれ、利用され親しまれてきた

ものです。

3.面積
公開している平地の部分と、通常は緑地保護のため公開していない斜面地を

合わせて約3.800㎡あります。

4.保護
湧水代官水は、標高1421mの崖線の谷頭から出る湧き水で、水源地のほか、

数箇所から湧き出ています。これらの湧水は、現在も豊富な水量を保っており、
湧き水が流れ出る緑豊かな斜面地とともに残されている、市内では数少ないも

のです。

大切な湧き水である「代官水」を、周囲の斜面地とそこに広がる雑木林とともに恒

久的に保存し、公開することは、開発によって失われつつある自然景観を保護

するだけでなく、かつてこの地で営まれてきた生活・文化を、歴史として永く後

世に伝えていく貴重な意味を持ちます。

出典: 平成241月 朝霞市教育委員会

目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
ひざおり水車広場
ひざおり水車広場
ひざおり水車広場
ひざおり水車広場

朝霞の水車(すいしゃ)について

水車には農業用水路から水田などに水をひくための揚水水車と、

油絞り、粉ひきなどの作業の効力として使われる動力水車がありま

す。

朝霞市域には、江戸時代後期の明治元年(1764年)、溝沼村に

最初の水車が設けられました。水車を使って綿実油絞りを行ってい

たようです。その後、黒目川の用水路をはじめ野火止用水の分水な

どを利用して次々と水車が設けられ、米きや粉ひき・油絞りなどが

行われました。そして、その中から銅を延ばして針金などを作る伸銅

を行う水車も現れました。これらの水車は、用水路からまわし堀をめ

ぐらして水輪のなかほどへ水を掛ける胸かけ水車か、ハケ地形を利

用して水輪の上から中ほどに水をかけて回す水車でした。

水車は農民の農間稼ぎとして賃搗きや賃挽きを行っていましたが、

当時においては儲けの多い仕事であったといわれています。しかし、

その設置にはかなりの資金を必要としたため、誰でもが行えるもの

ではなかったようです。

水車を動力として生産した小麦粉やそば粉は、川越街道や新河岸

川の船運等を通じて、大消費地である江戸・東京に輸送していました。

明治時代の終わりごろになると朝霞周辺でも徐々に動力を水車か

ら蒸気・電気等による機械へと移行し、朝霞も水車は昭和10年代

ごろに姿を消しました。

この案内板は、
埼玉県ふるさと創造資金の
補助を受けて設置しました。
朝霞市

朝霞の伸銅(しんどう)について

伸銅工業を含む金属加工業は、関西地方を中心に発展しています。東日本で伸銅工業が始まったのは、現在の目黒区内で、次いで市内の膝折に伝えられました。膝折の伸銅は明治時代以降生産が拡大し「膝折のはりがね工場」と呼ばれて地場産業となりました。

市内に伸銅の技術が伝わったのは、黒目川用水の水量の豊富さ、江戸の問屋との交通の便が良かったことなどが考えられます。詳しい創業の経緯は不明ですが、文政元年(1818)に製粉を行うために設けられた2軒の水車(奥住水車・徳生水車)では、天保2年~4年(183133)ごろ、相次いで銅を延ばして針金などを作る「伸銅」を行うようになりました。

江戸時代のはりがね作りでは、湯つぼを使って銅を溶かして材料を作るという作業はまだなかったようです。材料は、関西方面で作られた棒状の銅材(銅棹)を江戸の銅問屋が仕入れて(これを下り棹という)、それを130貫(112㎏)積みにして、馬の背に乗せて水車工場に運んだそうです。伸銅工場では問屋から入手した同棹を松炭などで焼いて打ち叩き、ダイスという銅の真ん中に棹より小さめの穴が開いたものに通して細かくしていきます。水車の動力はこの棹をダイスに通して引っ張るときに使うもので、奥住水車では直径5m45㎝の水車を使っていました。これは伸銅のみに使って

いたわけではあちませんが、他の製粉工場の水車がおおむね3mの直径であるところから、伸銅工場の動力の大きさがわかるのではないかと思います。

明治時代以降は、伸銅工場が相次いで建てられ、規模も拡大して銅竿から造るようになり、針金のほかに管や電線、火箸、馬具の飾り、箪笥の引き手、足袋のこはぜ、牛の鼻輪などさまざまなものを作るようになりました。また、材料も真鍮や鉄などの金属も扱い、プラスチック製品が普及した昭和50年頃まで、朝霞の地場産業として栄えました。

時代主な伸銅製品
江戸~幕府ー銅線 ―銅瓦(江戸城本丸の再建に使用)
ーたんす引き手 ―牛の鼻輪 ―足袋コハゼ
明治ー電線 ―時計の歯車 ―洋食器
ー桶のたが ―板金 ―丸棒 ―軍需品
大正ー水力から電力への転換期を背景にした電力関連製品
―各種銅製品 ―軍需用品 ―伸管
昭和※昭和39年時生産高比率
全国生産高の7%、埼玉県生産高の65%
朝霞の伸銅(しんどう)について歴史
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
朝霞 税務大学研修所前
朝霞 税務大学研修所前
朝霞中央公園野球場
朝霞中央公園野球場

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