朝霞中央公園(スタート)→埼玉県 朝霞警察署前→大泉学園町九丁目西→市場坂橋→黒目川樋の橋→黒目川堀ノ内橋(産業道路)→黒目川馬喰橋(馬喰橋通り)→黒目川貝沼橋(石神緑地通り)→黒目川石神橋(歩行者専用)→黒目川前通り橋(歩行者専用)→黒目川神宝大橋(東京都道・埼玉県道24号練馬所沢線)→黒目川の湧水点(下流 神宝大橋直下左岸隙間)→黒目川黒目橋(神宝町、歩行者専用)→黒目川神山大橋(浄牧院通り)→大門町二丁目アパート→浄牧院→東久留米駅(ゴール)

朝霞中央公園から平成の名水百選!
妙音沢を黒目川左岸から眺め
上流に向かって黒目川を散策し
東久留米駅までウオーキング

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スライドショー(朝霞中央公園から平成の名水百選!妙音沢を黒目川左岸から眺め上流に向かって黒目川を散策し東久留米駅までウオーキング2019.09.28(木))
朝霞中央公園 陸上競技場
朝霞中央公園 陸上競技場
朝霞中央公園 陸上競技場
朝霞中央公園 陸上競技場
朝霞市役所 中央公園野球場
朝霞市役所 中央公園野球場
朝霞中央公園 案内図
朝霞中央公園 案内図
埼玉県 朝霞警察署前
埼玉県 朝霞警察署前
埼玉県 朝霞警察署
埼玉県 朝霞警察署

朝霞警察署

朝霞警察署は、埼玉県朝霞市にある埼玉県警察が管轄する警察署。署長は警視。第2方面本部に所属する。 老朽化と狭隘化のため平成29年度から庁舎移転・建替えが進められ、令和元年819日より朝霞市栄町5丁目の新庁舎での業務を開始した。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
東京都道・埼玉県道108号東京朝霞線遊歩道
←和光樹林公園
←和光樹林公園
大泉学園町九丁目西
大泉学園町九丁目西
大泉学園町九丁目西
大泉学園町九丁目西
埼玉県立新座総合技術高等学校歩道橋
埼玉県立新座総合技術高等学校歩道橋
市場坂通り栄公民館
市場坂通り栄公民館
市場坂通りとサンライズストリート交差点
市場坂通りとサンライズストリート交差点
市場坂橋
市場坂橋
市場坂橋
市場坂橋
市場坂橋
市場坂橋
市場坂橋から黒目川左岸遊歩道
市場坂橋から黒目川左岸遊歩道
黒目川右岸 妙音沢
黒目川右岸 妙音沢
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
恵美観光バス周辺
恵美観光バス周辺
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
関越自動車道路高架下
関越自動車道路高架下
関越自動車道路高架下
関越自動車道路高架下
関越自動車道路高架下
関越自動車道路高架下
黒目川樋の橋
黒目川樋の橋
黒目川堀ノ内橋(産業道路)
黒目川堀ノ内橋(産業道路)
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸(新河岸川合流点から)8.5㎞ 馬喰橋780m 堀ノ内橋100m
黒目川左岸(新河岸川合流点から)8.5㎞ 馬喰橋780m 堀ノ内橋100m
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川馬喰橋(馬喰橋通り)
黒目川馬喰橋(馬喰橋通り)
黒目川左岸(新河岸川合流点から)9.5㎞
黒目川左岸(新河岸川合流点から)9.5㎞
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川貝沼橋(石神緑地通り)
黒目川貝沼橋(石神緑地通り)
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川石神橋(歩行者専用)
黒目川石神橋(歩行者専用)
黒目川前通り橋(歩行者専用)
黒目川前通り橋(歩行者専用)
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川左岸遊歩道を上流に向かって歩く
黒目川神宝大橋(東京都道・埼玉県道24号練馬所沢線)
黒目川神宝大橋(東京都道・埼玉県道24号練馬所沢線)
黒目川の湧水点(下流 神宝大橋直下左岸隙間)
黒目川の湧水点(下流 神宝大橋直下左岸隙間)

東久留米市

黒目川の湧水点

下流 下流 神宝大橋直下左岸隙間

黒目川黒目橋(神宝町、歩行者専用)
黒目川黒目橋(神宝町、歩行者専用)
黒目橋から右岸の風景
黒目橋から右岸の風景
お知らせ
お知らせ

お知らせ

東京都は、東京都東久留米市浅間町2丁目、大門町2丁目、神宝町1丁目及び金山町2丁目地内において、東村山都市計画道路事業を行います。都市計画法の事業許可の公示は平成31320日です。

このため、関係する皆様のご協力をいただきながら、必要な土地を取得していきますので、次のとおりお知らせいたします。

1.本事業の概要について

東村山都市計画道路3415号の一新東京所沢線は、区部の放射第7号線から延伸され、北多摩北部地域と埼玉県所沢市を東西に結ぶ重要な都市計画道路であり、埼玉県新座市から東久留米市を経由して埼玉県所沢市に至る都県境の幹線道路です。

このうち本認可区間は、延長約585m、幅員18mで、標準的な構造は、歩道約4.5mを両側に、車道は約9m(片側一車線両側通行)となる予定です。

2.(1)用地取得について

東京都は、事業予定地内の土地所有者や借地権などをお持ちの方、建物の所有者や借家人の方などと、土地売買契約や物件移転補償契約などを結びます。その契約に基づき、土地を明け渡したり、建物などを移転したときは、東京都は、それぞれ、土地の権利に関する補償金、移転のための費用等を通常生じる損失として補償基準に基づき補償します。

2)土地収用法に基づく権利について

土地の売買契約や物件移転補償契約などは、個別に進めていきますが、これとは別に事業予定地所有者や関係人の方は、土地収用法に基づく裁決申請請求、保証金支払請求及び明渡裁決申立てを行うことができます。

3.(1)土地価格の固定について

東京都は、平成31320日以降、事業地の取得価格を一年ごとに評価し直します。

2)建築等の制限について

平成31320日からは、事業地内で次のことをする場合は、東久留米市長の許可が必要です。

・土地の形質の変更

・建築物や工作物の建設

・移動の容易でない物件の設置や堆積

3)土地建物の売買の制限について

平成31421日からは、事業地内の土地建物を売る場合は、事前に、買い主や予定金額などを、東京都へ届け出てください。また、その届出後30日以内は売買が行えない、など一定の制限があります。

4.事業地の範囲がわかる図面は、東久留米市都市建設部都市計画

課、左記東京都北多摩北部建設事務所に備えてあり、閲覧する

ことができます。

なお、このお知らせについて、ご不明の点や詳細についてご

質問のある方は、左記事務所へお問い合わせください。

東京都北多摩北部建設事務所

出典:東村山市

黒目川神山大橋(浄牧院通り)
黒目川神山大橋(浄牧院通り)
大門町二丁目アパート
大門町二丁目アパート
浄牧院
浄牧院
〒203-0011 東京都東久留米市大門町1丁目
〒203-0011 東京都東久留米市大門町1丁目
おおの酒店周辺
おおの酒店周辺
おおの酒店周辺
おおの酒店周辺
東久留米駅
東久留米駅
周辺案内図 東久留米ガイドマップ
周辺案内図 東久留米ガイドマップ

周辺案内図

周辺案内図

東久留米ガイドマップ

東久留米ガイドマップ

市民憲章

 さわやかな空気と、水と緑に恵まれた東久留米。そこには古くから、武蔵野の自然と人間の営みがありました。わたくしたちは、この先人の歩みを大切にし、未来へつながるふるさととしてここに新しい文化を育て、よりよいまちをつくるため市民憲章を定めます。

 わたくしたちは、自然を生かし、清潔で調和のとれたまちをつくります。お互いを重んじて、心をくばり、誰もが明るく暮らせるまちをつくります。こどもたちがいきいきと育ち、おとしよりにも生きがいのあるまちをつくります。自由を愛し、勇気をもって秩序あるまちをつくります。知恵をだしあい、進んでまちづくりに参加し、住みよい東久留米をつくります。

(昭和55101日制定)

東久留米市のいわれ

「久留米市」の名の由来として最も一般的に推測されているのは、市内中央を流れる河川、「黒目川」にからめてのものです。

 この黒目川は、古くは「久留目川」、「久留米川」などと記されており、柳窪の天神社境内にある石碑には「来梅川」という表記も見られ、これが地名の由来であるとも言われています。その後、明治政府によって久留米川に統一されたようです。そして、明治22年久留米村が誕生しました。さらに、昭和31年、久留米町を経て昭和45年市になるに際して福岡県久留米市との混同を避けるとともに、町民に親しまれてきた西武線の駅名を望む町民の要望にこたえ、「東久留米」を市名としたわけです。

雑木林のみち 小山・金山コース
雑木林のみち 小山・金山コース

雑木林のみち

小山・金山コース

 東京都では、多摩東部地区に残る雑木林を保全し、この雑木林を中心とした武蔵野の風景をつづる道を、都民の憩いの場として積極的に活用することを目的として「雑木林のみち」事業を進めています。このコースは小山・金山コースで小山台、氷川台、金谷などの黒目川に沿って連なる遺跡群とこれを取り巻く段丘斜面の雑木林、屋敷林をたどるみちです。

雑木林のみち 小山・金山コース

出典:東京環境局

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路

湧水代官水(スタート)→城山公園→わくわくどーむ→黒目川→新座大橋→市場坂橋(旧橋)→朝霞市中央公園(ゴール)

桜散策(黒目川遊歩道周辺)
ウオーキング

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スライドショー(桜散策(黒目川遊歩道周辺)ウオーキング2017.04.10(月))
湧水代官水
湧水代官水

朝霞市指定天然記念物

『湧水代官水』

指定年月日

平成2291

1.位置

朝霞市の中央部よりやや東に位置し、現在の住居表示では岡三丁目にあります。

最寄り駅の東武東上線朝霞駅からは北へ約1.3㎞の位置にあります。

2.由来

江戸幕府により編纂された「新編武蔵風土記稿」の岡村の項の記述には、小名

として「代官水」の名称が記載されており、江戸時代後期には、「代官水」と呼ば

れた地域が岡地域に存在していたことが推測されます。また、本湧水は、昔から

灌漑用水などとして地域の人々に「代官水」と呼ばれ、利用され親しまれてきた

ものです。

3.面積
公開している平地の部分と、通常は緑地保護のため公開していない斜面地を

合わせて約3.800㎡あります。

4.保護
湧水代官水は、標高1421mの崖線の谷頭から出る湧き水で、水源地のほか、

数箇所から湧き出ています。これらの湧水は、現在も豊富な水量を保っており、
湧き水が流れ出る緑豊かな斜面地とともに残されている、市内では数少ないも

のです。

大切な湧き水である「代官水」を、周囲の斜面地とそこに広がる雑木林とともに恒

久的に保存し、公開することは、開発によって失われつつある自然景観を保護

するだけでなく、かつてこの地で営まれてきた生活・文化を、歴史として永く後

世に伝えていく貴重な意味を持ちます。

出典: 平成241月 朝霞市教育委員会

目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
ひざおり水車広場
ひざおり水車広場
ひざおり水車広場
ひざおり水車広場

朝霞の水車(すいしゃ)について

水車には農業用水路から水田などに水をひくための揚水水車と、

油絞り、粉ひきなどの作業の効力として使われる動力水車がありま

す。

朝霞市域には、江戸時代後期の明治元年(1764年)、溝沼村に

最初の水車が設けられました。水車を使って綿実油絞りを行ってい

たようです。その後、黒目川の用水路をはじめ野火止用水の分水な

どを利用して次々と水車が設けられ、米きや粉ひき・油絞りなどが

行われました。そして、その中から銅を延ばして針金などを作る伸銅

を行う水車も現れました。これらの水車は、用水路からまわし堀をめ

ぐらして水輪のなかほどへ水を掛ける胸かけ水車か、ハケ地形を利

用して水輪の上から中ほどに水をかけて回す水車でした。

水車は農民の農間稼ぎとして賃搗きや賃挽きを行っていましたが、

当時においては儲けの多い仕事であったといわれています。しかし、

その設置にはかなりの資金を必要としたため、誰でもが行えるもの

ではなかったようです。

水車を動力として生産した小麦粉やそば粉は、川越街道や新河岸

川の船運等を通じて、大消費地である江戸・東京に輸送していました。

明治時代の終わりごろになると朝霞周辺でも徐々に動力を水車か

ら蒸気・電気等による機械へと移行し、朝霞も水車は昭和10年代

ごろに姿を消しました。

この案内板は、
埼玉県ふるさと創造資金の
補助を受けて設置しました。
朝霞市

朝霞の伸銅(しんどう)について

伸銅工業を含む金属加工業は、関西地方を中心に発展しています。東日本で伸銅工業が始まったのは、現在の目黒区内で、次いで市内の膝折に伝えられました。膝折の伸銅は明治時代以降生産が拡大し「膝折のはりがね工場」と呼ばれて地場産業となりました。

市内に伸銅の技術が伝わったのは、黒目川用水の水量の豊富さ、江戸の問屋との交通の便が良かったことなどが考えられます。詳しい創業の経緯は不明ですが、文政元年(1818)に製粉を行うために設けられた2軒の水車(奥住水車・徳生水車)では、天保2年~4年(183133)ごろ、相次いで銅を延ばして針金などを作る「伸銅」を行うようになりました。

江戸時代のはりがね作りでは、湯つぼを使って銅を溶かして材料を作るという作業はまだなかったようです。材料は、関西方面で作られた棒状の銅材(銅棹)を江戸の銅問屋が仕入れて(これを下り棹という)、それを130貫(112㎏)積みにして、馬の背に乗せて水車工場に運んだそうです。伸銅工場では問屋から入手した同棹を松炭などで焼いて打ち叩き、ダイスという銅の真ん中に棹より小さめの穴が開いたものに通して細かくしていきます。水車の動力はこの棹をダイスに通して引っ張るときに使うもので、奥住水車では直径5m45㎝の水車を使っていました。これは伸銅のみに使って

いたわけではあちませんが、他の製粉工場の水車がおおむね3mの直径であるところから、伸銅工場の動力の大きさがわかるのではないかと思います。

明治時代以降は、伸銅工場が相次いで建てられ、規模も拡大して銅竿から造るようになり、針金のほかに管や電線、火箸、馬具の飾り、箪笥の引き手、足袋のこはぜ、牛の鼻輪などさまざまなものを作るようになりました。また、材料も真鍮や鉄などの金属も扱い、プラスチック製品が普及した昭和50年頃まで、朝霞の地場産業として栄えました。

時代主な伸銅製品
江戸~幕府ー銅線 ―銅瓦(江戸城本丸の再建に使用)
ーたんす引き手 ―牛の鼻輪 ―足袋コハゼ
明治ー電線 ―時計の歯車 ―洋食器
ー桶のたが ―板金 ―丸棒 ―軍需品
大正ー水力から電力への転換期を背景にした電力関連製品
―各種銅製品 ―軍需用品 ―伸管
昭和※昭和39年時生産高比率
全国生産高の7%、埼玉県生産高の65%
朝霞の伸銅(しんどう)について歴史
目黒川緑道 桜
目黒川緑道 桜
朝霞 税務大学研修所前
朝霞 税務大学研修所前
朝霞中央公園野球場
朝霞中央公園野球場

あけぼの公園 はなみずき公園 ふじ道 クレアパーク ケーブルカー高尾山駅 ホテルグランビュー沖縄 三芳野神社 中央会場・松一小 二の丸庭園 仙波河岸史跡公園 初雁公園 北の丸公園 北原公園 千代田区役所 千代田区立スポーツセンター 千鳥ヶ淵公園 半蔵門 和光市役所 喜多院 城山公園 大手門 大正浪漫夢通り 小金井公園 川越氷川神社 川越駅 平川門 新座緑道 新河岸川 日比谷公園健康運動広場 朝霞中央公園 桜田門 楠公レストハウス 気象観測露場 氷川神社 清水門 皇居東御苑 菓子屋横丁 蔵里 青葉台公園 飯能市役所 駒場運動公園 高尾山口駅 高尾山頂 高尾駅北口 1号路